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「極楽スキー」2006
2006年3月7日(火)~10日(金)……2006年度「極楽スキー」大成功となる!
〔7日(火)〕……金沢経由で野沢温泉,食って,飲んで,笑って,風呂へ。
4時就寝,7時半起床の朝であった。
この短時間睡眠はキビシイが,
しかし,今日は滑るわけではない。
移動と宴会だけの1日である。
メールをチェックし,夕べの「紳助」をビデオで再生しながら,
ジュースを飲んで,シャワーをあびる。
8時30分にはパソコン片手に外に出る。
JR「加島」から「尼崎」へ,「大阪」へ。
金沢行きのホームにあがると,すでに5人のメンバーがおり,
9時12分発,金沢行きの「雷鳥」に予定の7人全員が乗り込んでいく。
「風邪ひき」の情報があったIT寿司鬼太郎も,無事参加。
9時40分には「京都」から,U野先生が乗り込み,
今年の8人のメンバー全集の合流である。
ワイワイとにぎやかにしゃべっていくが,
10時半ころから,一斉に車内が「仕事モード」に変態する。
執筆,電話連絡,読書,新聞,学内情勢論議など。
そのあいだにも快晴の青い空の下,
わが「雷鳥」は北へ,東へと,突き進む。
12時ちょうどには「金沢」駅に到着。
ただちに「近江町市場」に移動である。
途中「カニ買え」といわれながら,市場の中を歩き,
予約済みの「廻る近江町市場寿司」へ直行する。
一挙に30分ほどの「ああ,うまい」人生8人分が展開される。
「まずはビールを」「ワタシは熱燗を」「こちらは冷やで」
そういいながら,早くも手は,目の前の皿にのび,
食べるはしから,次を注文していく。
「これが白エビか」「たこもいかもうまいぞ」
「トロが」「えんがわが」「かに汁が」……。
関西にはちょっと見当たらない,まったくもって見事な寿司である。
大量の皿を山積みにして,12時50分には店を出る。
満腹かつ,早くもご陽気な脳味噌状態である。
春のあたたかい風をあび,みんなで駅へと歩いてもどる。
1時18分,あらためて「金沢」からの出発である。
さっそく「鮭とばをしがみながら『久米島の久米仙』を飲む人」となる。
なにやら原稿を送信し終えたU田先生も,
「久米仙の人」に変態していく。
電車は走るが,どこまでいっても天気がいい。
途中,どこそこで「なだれがあるので,バスで代行運転をしている」とのアナウンスがある。
「そんなに暖かいのか」「山の雪は大丈夫か」。
だんだん,そんな心配も生まれてくる。
3時をすぎたところで「直江津」に到着。
改札を出ると,お願いしておいたジャンボタクシーの運転手さんが待ち構えている。
人なつっこく,良くしゃべる運転手さんとともに移動し,
4時30分には終着点の「野沢温泉」に到着する。
旅館はいつもの「さかや」である。
もう13年連続のようである。
お茶を飲んで一息ついて,宅急便で届けてあったスキーや靴を確認していく。
つづいて5人ほどで,夜の宴会の酒類の買い出しである。
日本酒,焼酎,ワイン,かわきもの,チーズ,飲むグルトなど。
「少ないかな」「これくらいは飲むよね」「おそらく足りない」……。
ワイワイやりながら,買い物かごはふくらんでいく。
ドップリと風呂につかり,
サウナの熱気のなかで歯を磨き,
熱気のハナ刺激にやられて,4つほどくしゃみもぶちまけてみる。
暗くなった空には半月がうかび,
あがっていく湯気の向こうに,露天風呂からながめていく。
湯上がりの恒例であった,ビール「YONAYONAエール」が今年はない。
ガックリと首を落としながら,目の前にあった血圧計に腕をとおす。
ドクターS藤から「あれ,低いですね」の評価をいただく。
どうも年中「やや高め」というわけではないらしい。
温泉による血管拡張効果であろうか。
6時半から夕食である。
8名中5名がそろったところで「宴会定足数」は満たされたと判断が下り,
ただちにビールの栓がぬかれていく。
ここのメシは,どれもこれもがよくできている。
さめの皮のおろしで生わさびをすり,
しばし「生わさびのすりおろし技法」にも議論の華を咲かせていく。
すべてをたいらげ,ビールを飲み,日本酒を飲み,
「短期体重一挙集団増加」の危機にはまる。
8時すぎには部屋にもどり,間をおいて,
極楽初日の深々とした宴会に入っていく。
この夜の主たるテーマは「冬ソナ」であった。
何やら「冬ソナ」論議をノートに残す人もいる。
こちらには無縁のテーマであるが,
楽しく聞いて,にごり酒を飲み,そば焼酎を飲み,
京都の和菓子「おたべ」のように,チーズをペーパー状のたらでつつんだつまみを,
モグリモグリと食べていく。
終了は,11時すぎである。
遅すぎない終了時刻に,「明日は滑るぞ」の意欲と,
「休まねばあぶない」というわが高齢化進行集団の人生の慎重さがあらわれている。
〔8日(水)〕……濃霧に負けずはげしくすべる,ラーメン,おやき,筋肉痛。
12時前就寝,5時目覚め,6時たちあがりの朝となった。
気がつけば,U野先生が,すでに風呂に向かっている。
後を追うように,部屋を出る。
ジックリと湯につかって,汗を流し,
冷たい水を飲んで,新聞を読む。
「信濃毎日新聞」に,「ナヌムの家」のイ・オクソン・ハルモニのインタビューがある。
世間には,こんなに大きく「慰安婦」問題をとりあげる新聞もあるのであった。
8時から,みんなで集まって朝食をとる。
麦とろメシが今年もうまい。
温泉たまごに,タコの酢漬け,サラダ,小鍋,グレープフルーツ……。
朝晩のメシを,ここでガマンすることは,誰にも不可能なことである。
着替えをすませて,戦闘態勢に入り,
フロントでリフト券を買っていく。
「今日は水曜日なので1日タダ券がもらえます」。
まったくもって,ありがたい。
これも日頃の行いの結果と,いい方に,いい方に,解釈を重ねていく。
9時すぎには,スキーをかついで「さかや」を出発。
階段と動くななめ歩道をすすんで,ゲレンデ方面へ向かっていく。
あがってみると,どっこい,山の上半分は濃霧である。
一番下の2~3のゲレンデ以外は閉鎖であった。
仕方なく,初心者コースの「日陰ゲレンデ」を2~3本滑り,
あとはいきなり,かなりの角度のコブコブ斜面に挑んでいく。
これがなかなかコワイ。
どうしても腰が引けて,カラダが横を向いてしまう。
「うへ~」「こえ~」とズルズル滑っているうちに,山の霧が次第に晴れてくる。
ゴンドラが動き出したところで,
「ありがたや,ありがたや」と全員で山をあがっていく。
「パラダイス・ゲレンデ」で,ようやく自由にノビノビすべる。
何度もすべるうちに,12時ちょうどの昼食となる。
いつもの「ドンブリハウス・コンドル」に集合である。
昼は,おとなしく味噌ラーメンをすすってみる。
山の頂上の「やまびこゲレンデ」は,午後も濃霧でダメである。
それでも,少しずつ霧は晴れているようで,
山の尾根を走る「スカイライン」の閉鎖がとけている。
エッサ,エッサと山をのぼり,5キロもつづく「スカイライン」をかけおりる。
本当なら,まわりの景色がすばらしいが,それは明日のお楽しみ。
ふたたび「パラダイス」にもどり,
3時には,いつもの「パスタ・デ・パスタ」に集合である。
休憩と糖分補給の時間である。
こちらは,ココアでカラダをあたためる。
驚いたことにI田先生が,去年のこの店のサービス券を2枚ももっている。
スキーウエアから出てきたらしい。
「350円以下の商品が無料」とのことであり,
ホットミルク人2人が恩恵に浴する。
おしゃべりのなか,「ぜんざい五郎の黒い巨塔」が話題となる。
別行動のある先生が,秘密裡に「ぜんざい」を食べていたという疑惑である。
当人が強く否定するほど,疑惑はますます深まっていく。
再びパラダイスを滑り,夕方には,チャレンジコースをおりていく。
下におりるほど,あたたかさで雪が重い。
最後は,「日陰ゲレンテ」でシメとする。
日陰のリフトの上から,「1日タダ券」を落としてしまい,
あわてて滑って取りにいく。
4時30分,ゲレンデ横の店に,板をあずけて山をおりる。
これで明日からは,板をはこぶ必要がない。
預け料金は,わずか100円。
鬼太郎がふろしき包みからクツを出し,ブーツまでもあずけていく。
鬼太郎の風呂敷偏愛者が判明する。
ガシャリ,ガシャリと下界にもどり,こちらはそのまま「土産屋」に突撃。
宅急便で土産を送り,「野沢菜のおやき」を1つ立ち食い。
1ケ150円だが,アツアツのこれがまったくもってウマイのである。
宿の露天風呂にゆっくりつかり,サウナもしっかり5分間。
部屋にもどり,今日も「フライング」のビールをあける。
6時30分から夕食である。
手の込んだ品物ばかりが,つづけて出てくる。
生ビールからのスタートである。
「ガン告知」「マンボウの解体」「ムール貝の汚染」
「ヤクって知ってるか」「横浜でおつとめしたかった」「大内山」と話題はすすみ,
メインは,Y本先生の子どものころの「尼崎」での生活となる。
高倉健と「ウエスト・サイド・ストーリー」のファンだという,
夕べの話しの謎がとける。
人には歴史があるものである。
8時30分には夕食終了。
30分ほど,しっかりとマッサージチェアで,全身の筋肉をもみほぐす。
太ももと,足の裏が疲れている。
部屋にもどると,すでに2人ほどが爆睡状態。
昨夜のような大宴会はなしとする。
しかし,ミニ宴会は12時前まで。
やはり飲まずにいられない人種というのはいるのである。
〔9日(木)〕……快晴,絶景の山なみ,駆け下りるゲレンデ,名残惜しい宴会。
12時就寝,7時起床の朝であった。
グッと眠って,パチッと目覚める。
お湯と疲れとノンストレス生活の偉大な成果であろう。
まわりの4人がすでに起きていることにも気づかなかった。
目ざましとなったのは,Y本先生の「大きな古時計」のケータイ着メロ。
風呂に入り,露天風呂から空を見上げ,
見事な青さに,急に元気がわいてくる。
8時からの朝食がウマイ。
朝から「ハラがへっている」という実感がある。
9時ちょうどの出発である。
天気は良く,山頂の気温は低い。
これは最高の条件である。
ウキウキしながら「さかや」を出る。
昨日はあがれなかった,山頂の「やまびこゲレンデ」へ一直線。
「早くすべりたい」と気がせいている。
そして,すべってみると,山全体がはしゃいでいた。
まわりに見える山々が,おそろしいほどキレイである。
何本か「やまびこゲレンデ」を滑っていく。
残念ながら「ボーダー禁止」の看板はなくなったが,
どこにでも座り込む「ヘタリボーダー」はグッと少ない。
斜面はつねに人が流れる場となっており,「障害物(人)」はないのである。
何本か「やまびこ」をすべったあと,今日も「スカイライン」にむかってみる。
幅の狭い山の尾根を,上から下へと滑りおりる。
ここでの楽しさは,ゲレンデに人が少ないこと,
すべる距離が長いこと,いつでも見晴らしがおそろしく良いこと,
そして少なくとも今日は雪質が良いこと。
12時ちょうどには,いつもの「ドンブリ・ハウス」に集合である。
今日は,チャーシューメンを食べてみる。
天気がいいので汗が出る。
さらに疲れが糖分を欲している。
ドリンク・バーでコーラを2杯。
店を出たところで,雪に寝ころがって青空を見る。
つめたい雪が,ほてったカラダに心地いい。
午後もまた「スカイライン」へ。
天気が良すぎて,山の下から雪が重くなる。
しかし,景色の見事は変わらない。
「気持ちいい」「気持ちいい」と誰もが連発。
3時には,「パスタ・デ・パスタ」で「おやつ」である。
今日は,イタリアン・ジェラートをパクパクパクリ。
明日の昼食の予約をすませて,また滑る。
4時40分には山をくだり,今日もスキーをあずけて下界にもどる。
まったくもって満足である。
帰る途中,Y本先生とともに「野沢菜おやき」を立ち食いする。
これがやはりうまいのである。
風呂にうなり,部屋でビールを飲み,
6時半から夕食である。
今夜の食べ物のメインはすきやきで,話しのメインは「震災」である。
「震災」時の大変なご苦労が,被災されたご本人の口から聞かれる。
他方,「高校時代には,学生服を店員にあずけて,パチンコをしていた」という青春豪胆話も。
人間は面白い。
8時半から宴会である。
往復いびき,京大,初極楽の思い出,お互いの出会い,学校の成績,
市民社会と自由な集まり,正義漢嫌い,「おまえタバコを吸え」等々。
時がたつほど,男たちはまぶたが重くなり,
口の動きは女たちの優位となる。
「明日を考えて早く眠りたい」,
しかし「今夜がさかやの最後の宴会」である。
結局,12時前の終了となる。
男たち5人が一斉に歯を磨きだすのは,なかなか不思議な光景である。
〔10日(金)〕……鬼太郎後頭部打撲,そば,猛スピードタクシー,車内販売阻止,全日程無事終了となる。
12時就寝,7時半起床の朝であった。
6時に一度目がさめたが,またグッスリと眠りに落ちた。
風呂につかり,8時には「さかや」3度目の朝食をとる。
今朝も,麦とろメシをツルツルツルリ。
荷物をかたづけ,9時にはロビーに全員集合。
Y本先生とI田先生が「早帰り部隊」として,ここで先に帰られる。
「さかや」の玄関前で集合写真を1枚パチリ。
9時30分には,残り6名で山にあがる。
S木さんが「ファン・スキーをやる」というので,
「ファン・スキー師匠」として技術指導にあたっていく。
しかし,教えられたのは,「ころんだ時にはスキーを雪面からはなす」
「型にとらわれないで自由に遊ぶ」,
このたった2つのことだけ。
わが技術は,所詮その程度ということである。
山はうっすら曇り空。
しかし,これといって寒くもなく,
すべるには十分の条件である。
「パラダイス」を1本すべって,ただちに「やまびこ」にあがっていく。
U田先生等3人を探しまわるが,
ノンストップ,全力疾走で何回すべっても見つからない。
水分補給のため,途中,一度下に降りていたとか。
12時には「パスタ・デ・パスタ」に集合である。
前日,「12時,6名」で予約しておいたが,
なぜか「20分ほど待って,3名ずつの席で」との対応である。
これでは予約の意味がない。
あっさりと,いつもの「ドンブリ・ハウス」に場所を変更。
あとにソバがひかえているので,今日は麺をやめて「カツカレー」とする。
レジで,小さな子どもが,店のマスターとジャンケン勝負を展開している。
ゲレンデに隠された「ニコニコ宝袋」を見つけたようで,
ジャンケンに勝った子ども家族は,いくらかの割引を手にしたらしい。
微笑ましい「勝負」の瞬間であった。
I田先生から「去年も食べた長野のそば屋で昼食」とのメールが入る。
「早帰り部隊」も,やることはしっかりやっているのである。
さすがに誰にも疲れが出る。
それでも,チーム・ファンスキーは,
「パラダイス」のはしに見つけたうねりをつかい,
「ミニ連続ジャンプ」に挑戦していく。
「あと2本で下山」というところで,S木さんが着地(?)に失敗。
転倒して帽子をふきとばす。
「足はあげたが,アタマを打った」。
なるほど,そういう注意も必要だったか。
「来年からはヘルメットがいる」「ジャンプは地上50センチまで」,
最後にいくつか教訓も得る。
2時前には下山とする。
ゲレンデ全体の入り口には,小さな子どもたちの遊び場もつくられていた。
リフトのメダルを返して,ガチャガチャと山を降りていく。
今年はこれでおしまいである。
荷物を片づけ,ザザッとお風呂に入っていく。
「う~,極楽,極楽」。
掃除されたばかりの風呂が,われわれだけの貸し切り状態。
雪の見える露天風呂で,旅行の最後をかみしめていく。
宅急便の発送準備をすませ,3時20分には「さかや」を出る。
めざすは「庄平そば」である。
長野でそばを食わない手はないのである。
ざるそばと樽酒をたのんでみる。
「そばは飲み物」「うまいうまい」と,われわれの食欲にはとどまるところがまったくない。
4時には「さかや」前にもどり,予約してあったジャンボタクシーに乗り込んでいく。
いよいよ「帰り道」のはじまりである。
今後の学内事情を,猛然と語り,
グーッと眠気に襲われていく。
なかなか駅につかないので,
「5時29分発なんですけど大丈夫ですか」と,運転手さんにたずねてみる。
どうやら時間の自覚がなかったようで,
タクシーのスピードが突然あがる。
25分ころには駅につき,全員ドタバタ走ってホームへ到着。
しかし,電車は雪で5分遅れており,結果オーライの結末となる。
電車の中では,さっそく酒である。
まだワインが,焼酎が,つまみもあれこれ残っている。
「今年は良かった」「今年は良かった」
ワイワイにぎやかにやっていく。
7時20分すぎに「金沢」で乗りかえである。
ここで駅弁を各自調達。
この時間,すでに残り物しかなく,こちらは定番の「かにめし」とする。
飲み続け,しゃべり続け,人によっては眠り続けていく。
横をとおりすぎる乗客が,「うわあ,酒くせえ」とつぶやいていく。
U田先生が,長い足を通路にのばして眠り,
車内販売のオネエサンをストップさせる。
この足をしずかに「回収」したのは,ドクターであった。
富山を抜け,福井を抜け,琵琶湖の西を「雷鳥」は下り,
「京都」でU野先生が降りていく。
10時半には「大阪」に到着。
人込みでごった返す駅のホームでお別れである。
「尼崎」を経由して,11時には「加島」に到着。
家にはすでに,土産の品がとどいていた。
ただちにメールをひらくと,ドドドン,ドドドンと259通である。
しかし,約半数はアホダラメール。
本年の「極楽スキー」参加者は,
Y本・U野・U田・S木・S藤・I田・M杉先生と幹事ワルモノの計8名である。
1年後には,ぜひ「若い血」を導入したいものである。
〔追記〕
翌11日,午前10時半には,「さかや」から送ったスキーがとどいた。
世の中というのは便利なものである。
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