地方選挙前半戦の兵庫県の結果である。
全国的にも,自民党の大幅後退と民主党の前進が特徴となっており,また諸派や無所属が減少する政党間闘争の激化を示す選挙となっている。
自民党の敗北は,地方政治の状況だけでなく,国政に対する国民の不安や不満を反映したものだろう。
他方で,それによる自民離れを民主党で受け止めようとするのが,この間の財界の基本戦略。そこを掘り崩すには,まだ時間がかかりそうである。
とはいえ,夏の参議院選挙に向けて,自民党に起死回生の一策があるとは思えない。他方で,民主党にも自民党に「対抗」しうるマニュフェストはない。
したがって,この変化の方向は固定されたものではない。
実際,今回の選挙でも,隣の大阪市議選では,共産党が民主党を上回る3議席増を達成している。
頼みは「自民か民主か」という,またしてもマスコミが設定するであろう「政治選択の狭い枠」ということにしかならないだろう。
そこを打ち破るための自力が求められているわけだが,それは手の届かないところにあるものではないということである。
改憲反対勢力が,民主の「創憲」路線(海外派兵を自衛隊の本来任務とした防衛省法案に民主党は誰も反対票を投じていない)をどうとらえていくのか,そこまで学びを深める必要がある。
もちろん,その変化を,まずは地方選挙後半戦に生み出していく必要があるのだが。
兵庫県議選(定数九二)は八日、投開票され、最大会派の自民が、公認・推薦で三十八議席(無投票当選を含む)にとどまった。前回、前々回の四十三議席を下回る歴史的大敗となった。政務調査費の使途をめぐる問題から議会改革の進め方が最大の争点に浮上。改革推進への期待が新人二十四人を当選させる追い風となり、自民は現職議長や県連選対委員長など、中堅ベテラン勢が相次いで落選した。自民は、保守系無所属の当選者九人を会派に加えれば過半数の四十七議席になるため、今後、多数派工作に乗り出す。一方、同日投開票の計四十四道府県議選で、自民の議席占有率は50未満になった。
兵庫県議選で、民主系が二十議席に伸ばす一方、共産は三減、一議席を維持していた社民、新社会がともに議席をなくし、二大政党への流れを印象づけた。
県議選は前回より十人多い百四十四人が立候補。無投票を除く三十七選挙区で八十一議席を百三十三人が争った。
同日投開票の神戸市議選(定数六九)は総定数が削減され、戦後最少の九十三人で争い、世代交代が進んだものの、各会派ともに現有議席をほぼ維持する結果となった。
昨年の市議汚職事件に対する有権者の反応が注目された中、事件を受けて結成された政治団体「神戸改革フォーラム」の現職二人と、新人一人が当選した。
党派別では自民、民主、公明が一増。共産が現有議席を維持した。
2007年 ひょうご統一地方選 議会とは議員とは -第3部 自民大敗 上.誤算(神戸新聞,4月10日)
政調費ショック大きく
神戸市中央区、兵庫県庁の北側。自民党県連事務所に集まった幹部らは、開票作業が進むにつれ、顔色を失った。
県会議長、元副議長、元県議団副幹事長…。ベテラン勢が続々と議席を落としていった。
八日投開票を迎えた県議選。過半数の四十七議席を目指す自民は、公認・推薦を四十九人に絞り込み選挙に臨んだ。結果は、現職七人を含む十一人の落選。獲得した三十八議席は、予想をはるかに上回る大敗だった。
一方で、当選した保守系無所属組は十人。「もし全員取り込めても過半数ぎりぎりだ」。九日午前二時すぎ、県連で会合を終えた幹事長の原亮介(63)が声を振り絞った。
前回、前々回も四十三議席で過半数を割ったが、多数派工作の難しさはその比ではない。
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自民には逆風下の選挙だった。政務調査費の不透明な使途が指摘され、争点の一つとなった。
「市民オンブズ尼崎」などから不適切な使途を指摘された県議の一人、自民現職の門信雄(57)。立候補した定数一の芦屋市選挙区は、県内屈指の注目選挙区となった。対立候補は、議会改革を掲げる新人、山田美智子(60)だった。
門は、政務調査費をめぐり、車のリース代として報告した約百十万円が、実際はローン支払いだった。私有財産の形成につながる使途は認められていなかった。
「自動車販売会社の担当者と相談し、負担が軽いからと安易に考えた」
選挙告示前の三月四日、門は後援会総会で支持者らに弁明した。全額返還したことや、不起訴になった経緯の説明にあいさつの大半を割いた。
県連選対委員長を務める門は、県議団幹事長や副議長を歴任。改選後は議長候補としての呼び声も高かった。県連は、実績と知名度に勝る門が逃げ切ると分析。独自調査では、山田とは大差が開き、県連は当選をほぼ確信していた。
しかし、ふたを開けると八百六十七票差で落選。同様に書類送検された自民現職で、元議長の清元功章(78)も、姫路市選挙区で議席を失った。
一夜明けた九日、知事井戸敏三は定例会見で「期待が大きいほど、信頼を失えば結果は厳しくなるということを、われわれも自戒しておかなくてはならない」と、結果の深刻さを受け止めた。
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自民の「誤算」は、政務調査費問題だけではなかった。
県議選で初めて取り組んだ公募方式による候補三人のうち、当選者は、神戸市垂水区選挙区の新原秀人(44)ただ一人。自民票に無党派層の上積みを期待したが、思惑通りとはならなかった。
対して、都市部で無党派層の受け皿になったのは、山田をはじめとする「市民派」だった。「政務調査費の全面公開」など、訴えの中身が有権者に分かりやすかった。
尼崎市選挙区では、市民オンブズ尼崎の世話人丸尾牧(42)が市議からくら替えし、初当選。現職稲村和美(34)とともに、尼崎市長白井文の支援を受け、自民元職や共産の二人にも競り勝った。
県議会は丸尾、山田、稲村の動きに神経をとがらせる。政務調査費をめぐっては、市民オンブズが情報公開で入手した資料を基に、議会は厳しい追及を受けた。しかし今度は、丸尾らによって、議会内部からの監視が強まる。
「台風の目がどう動くのか」。県幹部らも注視する。(敬称略)
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兵庫県議選は、自民の大敗で終わった。夏の参院選を控えるだけに、影響は計り知れない。過半数を大きく下回った背景と波紋を探る。(統一地方選取材班)
2007年 ひょうご統一地方選 議会とは議員とは -第3部 自民大敗 下.変化(神戸新聞,4月11日)
ほころび見せた「牙城」
現職議長の落選は、兵庫県会にとって初めての事態だった。
「高齢と、準備不足が響いた」と、議長を務める自民現職、長田執(75)の後援会幹部。八日夜、県議選宍粟市選挙区の開票結果を受け、支持者が集まった事務所は静まり返った。
長田と競り合い、初当選したのは、十六年ぶりの再戦となった元山崎町長高嶋利憲(54)。選挙参謀として、かつて長田の選挙を支えた元宍粟市議春名哲夫(55)も加わり、保守票が分裂する中、展開が読めない混戦だった。
一九九一年に高嶋らを制して初当選した長田は以後、連続三回無投票で当選した。五選を目指したものの、選挙はまだ二度目。約一万一千人の後援会に支えられていたが、久しぶりの選挙に動きは鈍かった。支持者の多くは高齢で、選挙戦に入ってからも「やり方が分からない」と戸惑った。
取り付けた約二十団体の推薦は、すべて団体側から申し出てきたもの。会員約二千人を抱え、支援する地元商工会は終盤、組織の引き締めを図ったが、流れは止められなかった。
ある若手会員は「(長田の)政治的手腕に魅力はあるが、世代交代を期待する声がかつてないほど強かった」と明かす。
対する高嶋陣営。「必勝」の張り紙は、市長や国会議員から届いたわずか三枚だけだった。業界団体の推薦が全くない高嶋は、細かな地域票の掘り起こしで勝利を呼び込んだ。
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宍粟市をはじめ、自民は今回、牙城である一人区で、公認・推薦の七人が敗れた。
十二年ぶりの選挙となった神崎郡選挙区もその一つ。三期十二年の実績を持つ前川清寿(65)は「県から予算をとってきてこそ議員といえる」と選挙期間中、力を込めた。
県議団幹事長ポストをうかがう中堅議員として、道路や河川整備の必要性を訴えた。保守系町議や区長会、婦人会など地元組織をフル回転。人海戦術を繰り広げた。
対する新人で民主、社民、新社会の推薦を受けた上野英一(53)の個人演説会では、会場が閑散とした日もあった。上野は旧大河内町(現神河町)の町長を二年半務めたが、市川、福崎町での知名度は未知数だった。
「陳情型政治をなくす」。前川を意識した明快な訴えもどこまで地域に届くのか、組織のない上野陣営には不安が消えなかった。しかし、得票は三町すべてで上野が上回った。
落選が決まり、前川は「もう古い議員はいらないということだろう」と事務所でこぼした。
「組織の頭をおさえる選挙は、もう通用しない。今回の選挙は、時代の変化を映し出しているのかも知れない」。郡内の町議らは、選挙結果をこう受け止めた。
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実績と組織力も備えた自民現職たちの落選。今回の県議選は、都市部以外でも、有権者の選択基準が多様化している実態を示した。
十六年ぶりの選挙戦となった宍粟市のほか、二十四年ぶりの(旧)飾磨郡選挙区でも、自民推薦候補が落選。自民の牙城のほころびを見せつけた選挙戦だった。
「ライバル候補が名乗りを上げることすらできない無投票こそが実力の証しだった」。自民のベテラン県議は「政治的な力が強くなる半面、いざ選挙になると弱い」と続けた。
夏には参院選が控え、政治決戦の年と位置付けられる今年。自民県連幹部らの悩みは深刻だ。弱まる組織。早まる変化。流れを見極める時間は限られている。(敬称略)
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