現在のユーロがこれ以上高くなることに耐えられないとすれば(すでにそう表明しているが)、当面のドル離れは、やはり多くの通貨への分散という形をとるのだろうか。
となれば、ドルは比重を低下させながらも、まだしばらくは「特権」を享受し続けることができるわけだ。
輸出競争力を増し、対外債務を目減りさせ、それでいて一挙に「特権」を失うことはない。
とりあえずは、そういう道を選択しているということなのか。
それにしても、では、その先はどうなのか?
「米国ドルは今後も基軸通貨たりうるか」ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ(1)(2)(東洋経済オンライン、2008年1月15日)
もしドルが基軸通貨としての地位を失ったら、米国の超大国としての地位も危うくなるのだろうか。そうした事態は簡単には想像しにくいが、米国の国際的な影響力がドルの力に大きく依存していることは間違いない。
従来、米国は外国の投資家から資金を集め、それを外国の高利回りの株式や土地、債券に投資して利益を上げてきた。キャピタルゲインを計算すると、ここ数年で米国が上げた利益は3000億~4000億ドルになる。これは米国の軍事予算の総額にほぼ匹敵する。
かつて、ジスカール・デスタン元仏大統領は、米国の“不当な特権”について不平を漏らしたことがある。米国はインフレや金利の暴騰が起こっても、その対価を支払うことなくドルとドル債務を世界中にバラまくことができる、という主張だ。
米国が発行した8000億ドルのうち、少なくとも半分は外国、しかも主に地下経済で保有されているといわれている。
しかし、より重要なことは、中国人民銀行など各国の中央銀行が低利の米国債をしぶしぶ大量に保有しているのに対し、米国ではベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティ・ファンド、投資銀行らが世界中から巨額な利益を奪い取っているということだ。米国の金融機関の支配力は、米国の超大国としての立場の維持に貢献してきた。米国にとって、これほど都合のいいことはないだろう。
しかし、こうした過剰ともいえる特権は、サブプライム危機とドル相場の下落の狭間で少しばかり揺らいでいるようにもみえる。
ドル相場は、過去5年間で25%も下落している。今後、米国の景気が後退することになれば(その確率は半々ではあるが)ドル相場はさらに下落するはずだ。
外国人投資家の中には、すでに投資ポートフォリオの組み替えを行っている者も出てきている。ユーロや英国ポンドに加えて、ブラジル・レアルや南アフリカ・ランドといった新興国の通貨にも投資対象を広げているのだ。
中東やロシア、アジアの政府系ファンドもドル債に替わる投資先を探しているようだ。仮に、投資家がそこまでドルを見離すことがなかったとしても、今の状況が未来永劫続くという期待を米国は抱くべきではないだろう。
ドルに替わる通貨はどこにも存在しない
米国政府はドルの地位がこのように低下する危険性を伴っているにもかかわらず、依然として輸出よりも輸入を促進し、巨額の貿易赤字を計上している。FRB(連邦準備制度理事会)もドル下落が景気とインフレに影響を与えないかぎり、為替相場には関心がないようだ。現在ではドルの下落は輸出を増加させる効果を発揮している。
カリフォルニア大学バークレー校のモーリー・オブストフェルド教授と私は、政府が前向きな金融政策を実施しなければ、ドルは暴落し、それに伴い多くのリスクが発生すると警告してきた。不幸にも、そのシナリオは現実に近づきつつある。今年だけでドルの価値は、主要な貿易相手国の通貨に対して購買力ベースで10%も下落しているのだ。
2008年もドルの価値は同程度下落する可能性がある。こうして世界の投資家がドルを見限っていけば、下落のスピードはさらに速まるだろう。アジアやOPECの首脳から世界中の富裕層まで、多くの投資家がドルに懸念を抱き始めたとき間違いなく米国経済は困難な状況に陥るはずだ。
ただ、米国にとってはよいニュースもある。それは世界の貿易・金融システムが、まだ健全な状態を保っているということである。かつて英国ポンドは、基軸通貨の地位を失うまでに数十年かかり、その間二度の戦争を経験した。そう考えるとドルにはまだ時間が残されているといえよう。
また、世界中でドルに替わりうる通貨が存在しないことも、米国にとっては好材料だ。
サブプライム危機は、米国だけでなくヨーロッパの金融システムの脆弱さもさらけ出し、ユーロがまだドルに替わる存在ではないことを明らかにした。中国の人民元は、50年後には世界の基軸通貨になっているかもしれないが、現段階では中国の金融システムはまだ未成熟といえるだろう。
仮にベネズエラのチャベス大統領など、OPECの指導者が公然とドルに反旗を翻したとしても、世界の貿易の大半がドル建てで行われている事実に変わりはない。各国の中央銀行も依然として外貨準備の多くをドルで保有している。
もちろん米国にとって、前述したような危険な兆候は至る所で見られる。そこで米国政府が断固とした行動をとらなければ、ドルの価値は大幅に下がるだろう。
米国の有権者が増税を忌み嫌っていることは、よく知られている。ドルの価値が下落すれば、どうすればその基軸通貨としての地位を維持できるかについて、有権者たちから本格的な議論が巻き起こってくるかもしれない。
ケネス・ロゴフ
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名をはせる。
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