変動相場制以降以後、基軸通貨としてのドルの地位を支える重要な柱のひとつが「原油価格のドル表示(ドルでの売買)」のシステムであったことはまちがいない。
そして、それがいま崩壊に向かって進んでいるのもまちがいない。
あらためて知りたいと思うのは、そのシステムがどのようにしてつくりあげられたのかということ。
そこがわかると、「崩壊」しつつあるものの内実が、いっそう良くわかるはずである。
第一次オイルショックと、変動相場制への以降の時期が重なっていたのは、偶然ではなかったということか。
COLUMN-〔インサイト〕ドルの「原油本位制」崩壊の予兆とその後=信州大 真壁氏(ロイター、3月26日)
最近の為替市場の動向を見ていると、基軸通貨であるドルの信認が顕著に下落している。経済がグローバル化の道を歩み、人、もの、金、情報などの経営資源が、国境に関係なく瞬時に移動する状況を考えると、各国の通貨を結ぶ為替レートの役割は今後、一段と重要性を増すことが予想される。為替レートの中心であるべき基軸通貨が、その役割を果たせないと、世界の経済・金融に与えるマイナスの影響は大きい。
元々、通貨の価値は、購買力等の要因によって支えられている。伝統的には、重要な財である金と交換ができることで、通貨の価値を維持することが考案された。それが金本位制だ。
一方、ドルの歴史を振り返ると、1971年までドルは金と交換が可能な兌換(だかん)通貨だった。ところが、当時のニクソン大統領は、経常収支の悪化などを理由に、ドルと金との交換を停止した。これによってドルは、金の裏付けのない不換通貨になった。ドルが不換通貨になった時点で、多くの専門家は「ドルはただの紙切れになった」と指摘した。その後、1973年に市場の需給によって自由に為替レートが決められる完全変動相場制へと移行した。
<金・ドル交換停止後に裏付けとなった原油>
1970年代以降、ドルをめぐる経済環境は大きく変化し、長期トレンドとしてドルは下落傾向をたどることになった。その中で忘れてならないことがある。70年代前半以降、サウジアラビアをはじめとする湾岸の原油産油国が、明確に原油価格をドル表示するスタンスを示したことだ。つまり産油国は、原油の価値をドルで表示し、原油輸出代金をドルで受け取る仕組みを作ったのである。米国は世界最大の経済大国であり、覇権国であるため、その仕組みは当然といえるのだが、そのシステムが、為替市場の秩序作りに果たした貢献は大きかった。
原油は、最も重要な工業原料でありエネルギー資源であるため、だれでも欲しい財の1つだ。大切な原油を手に入れるためには、ドルを持っていなければならない。逆に言えば、ドルを持っていれば、いくらでも欲しいだけ原油を買うことができる。ということは、ドルの価値は、最も重要な資源である原油によって担保されていたと考えることができる。特に石油メジャーの存在や、米国と湾岸諸国との親密な関係を勘案すると、ドルと原油との結びつきの強さを感じるだろう。まさにドルの「原油本位制」が成立したのである。
しかも、近年は湾岸の主要産油国が統一通貨の導入目標を設定したこともあり、自国通貨についてドルペッグ制を採っていた。ドルペッグ制を採ると、自国通貨とドルとの間に一定の交換比率を設定することになる。つまりドルとのつながりを一層緊密化するのである。これは米国にさまざまなメリットをもたらす。
まず、ドルの「原油本位制」を強化することになる。それだけ原油の重要性がドルの価値を支えることになるからだ。
また、産油国が受け取る原油代金がドルであるため、その資金を米国の金融市場に投資する際、為替変動の影響を受けにくく、産油国から米国への資金還流が容易になることなどが考えられる。
<ドル下落が示す基軸通貨からの転落の可能性>
ところが、ここへきてドルの「原油本位制」に変調が見え始めている。米国の政治的発言力の低下や、経済の減速懸念などによって、過去数年間にドルの絶対的な基軸通貨としての信認が揺らぎ始めた。それに追い打ちを掛けたのが、サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅ローン )問題の表面化だ。それに伴い米国流のレバレッジを掛けた運用手法の問題点が顕在化した。その結果、米国の金融市場が混乱し、それに関連して信用収縮が発生した。そうした問題は今後も拡大する可能性が高く、今後、実体経済にマイナスの影響を及ぼすことは避けられない。
そうした状況を見て、世界の主要国は、一段と外貨準備をドル以外の通貨に分散させる動きを本格化している。その結果、今や、ドルは世界最弱の通貨と言われるまでになっている。明らかにドルが信認を失っている。
湾岸の産油国にも動きがある。ドルが不安定な展開になっていることもあり、国内のインフレ懸念の本格化などを懸念して、すでに昨年5月にクウェートがドルペッグ制から離脱した。湾岸諸国会議の場でも、自国通貨の対ドルの切り上げやドルペッグ制からの離脱などが議論されている。それらが現実のものになると、ドルの信認がさらに下落することは免れない。ドルの「原油本位制」崩壊につながる可能性が高いと見られる。
過去数年間のドル下落のトレンド、さらにサブプライム問題表面化後の為替市場の動きは、長期的に米国が覇権国から滑り落ちることへの序章とも考えられる。それはまた、ドルが基軸通貨の地位から退くプロセスの始まりである可能性もある。わが国も、そうした可能性を考えることが必要だろう。そして、わが国の国益を追求する政策方針を、真剣に検討するべき局面に至っていると考える。
真壁昭夫 信州大学・経済学部教授
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