石原都知事の「あきれた発言」はいくつもあるが,その一つであるフランス語(人)蔑視発言を訴えた裁判が新たな局面に入っているとのこと。
それにしても,発言を「私人ではなく都知事として」とわざわざいいかえることの意図はどこにあるのか。
こちらの務める大学にも,この発言への訴えに加わっている方がいる。闘いは身近なところに,いくつもある。
石原氏の仏語批判は『知事として発言』 国家賠償請求した原告らに聞く(東京新聞,3月20日)
「フランス語は国際語失格だ」。フランス人の誇りを逆なでした石原慎太郎都知事が名誉棄損で東京地裁に訴えられている訴訟は、十九日、新局面を迎えた。石原氏が「私人ではなく都知事としての発言だった」と主張を変えたため、原告のフランス人らが都を相手取り、国家賠償請求訴訟を起こしたからだ。知日派フランス人や日本人専門家の心情とは。
問題となっているのは、二〇〇四年十月、首都大学東京(旧東京都立大)の発展を支援する「The Tokyo U-club」の総会で発言。石原氏は首都大学構想に批判的な仏語教育関係者らを指して「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが、反対のための反対をしている。笑止千万だ」と述べた。発言はル・モンド紙など仏メディアにも報じられた。
■公開質問状は無視された
仏語学校「クラス・ド・フランセ」(東京・赤坂)のマリック・ベルカンヌ校長らが公開質問状を送ったが、無視されたため、〇五年七月、学者、通訳者などとともに「社会的名誉を棄損され損害を受けた」として、石原氏に謝罪広告と一人当たり五十万円の慰謝料を求める民事訴訟を東京地裁に起こした。原告勝訴は難しいとの観測もあったものの、審理が始まると裁判所が石原氏側に謝罪や和解を打診する場面も。
こうした中、「私的発言だ」としていた石原氏が昨年十月、「都知事としての発言だった」と主張変更を行った。首都大学東京がらみの発言で、発言(動画)を都庁ホームページに掲載してもいたためだ。
「公人発言なら賠償金は都の負担となる。敗訴に備えているのでは?」とのうがった見方もあるが、必ずしも当を得ていない。「都知事を相手取った国家賠償請求訴訟」と「石原氏個人を相手取った名誉棄損訴訟」は両立するからだ。地方議員による名誉棄損事件で、そういう判例がある。仏語訴訟原告団も、石原氏個人への訴訟を取り下げず、二つの訴訟を並行して進める構えだ。「都の財政に負担をかけたくない」との理由で、原告一人当たり請求額は五万円に減らした。謝罪公告も新聞掲載は求めず「都のホームページに掲載してくれればいい」という。
提訴後、記者会見した原告代表のベルカンヌさん。一瞬の苦笑いとため息の後、石原氏の主張変更に対する怒りを、流ちょうな日本語で、静かに語り始めた。
「とても無責任なやり方だと思います。最初の発言が許されないのは当然ですが、今度は『公的な発言』になったのも、とても許されない」
石原氏個人に対する訴訟の原告は三十五人だが、国賠訴訟は、この一部と、公人発言なら看過できないと新たに加わった五十八人を合わせ、七十四人が原告に名を連ねた。「言葉を学ぶことは他の文化を学ぶことだと学生に教えている。私人なら勝手に言ってくれていいが、公人が他の文化を否定するのは許せない」と、原告の永井典克・成城大学助教授は憤る。
■仏語と英語が IOC公用語
やはり原告の新倉修・青山学院大大学院教授は法律を教える立場から「人権はフランスで誕生したようなもの。人権に関し特別な貢献をしている国を否定し、かつ開き直るのは、とんでもない」。石原氏は五輪招致に意欲的だが「五輪の精神を理解せず、五輪をやろうなんて“いいとこどり”」とあきれる。ちなみに国際オリンピック委員会(IOC)の公用語は仏語と英語だ。
審理の序盤で「公的発言か、私的かをはっきり」と裁判所にただされ、「私的だ」としてきた知事側が突然、「公的だった」と変更したことに、原告側一同は、「そりゃないよー」とズルッと滑った感じだったという。ベルカンヌさんには知事の思惑が理解できないが、「一つ言えることは、彼はフランス語ができない。(勘定しにくい言語だとか)あんなことを言うこと自体、フランス語を何も知らないとしか思えない」と断言する。
「もっとひどい発言もした」とも。一昨年九月の記者会見で知事は「フランスみたいにいいかげんな国」「フランスの水なんか飲めたもんじゃないし」と発言、今も都庁のホームページに掲載されている。「何も知らない人は、そうだと思ってしまう」と表情を曇らせる。
ベルカンヌさんが今、知事に伝えたいことは、とてもシンプルだ。「どんな事でも、話す前に、ちょっと考えたらどうですか? それから、間違えたときは謝ることがとっても大事ですよ」
訴訟にかかわっていない専門家の見方はどうか。NHK元ヨーロッパ総局長で翻訳家の中谷和男氏は「フランス語は数を勘定できない言葉というが、国によって数の数え方は違う。日本が十進法なだけで、そんなことを言うなら日本語以外は数を勘定できない言葉になる」と話す。そもそも八十を二十かける四と表現する数え方は、ラテン語から来ており「そういう意味でも由緒ある。日本になじみがないだけ。石原知事発言は的を射ていない」。
国際公用語の仏語も使用範囲が狭まってきたため、フランスは「留学生を迎え入れるなどお金をかけてフランス語を広め、守ろうとしている」という。外来語を入れるにも、アカデミーフランセーズという国家機関が是非を判断するほど言葉を重んじるフランス。それだけに知事発言は「フランス文化や国家へのものすごい侮辱。言語や文化を大切にするフランス国民には、侮辱されているというより、なぜそんなことを言うかも理解できないかもしれない」と中谷氏。
「石原知事は中国を『シナ』といい、外国人を『三国人』という人。そのような発言の延長上に今回の発言もあるように思う」とも。
「私人発言」から「公人発言」への方向転換にも「都知事は公人。どこで発言しようと知事としての発言になる。公人がこんな発言すれば、昔だったら戦争ですよ」。
■仏政府に文句言ってと知事
東京都は一九八二年七月に、パリと姉妹友好都市提携。九〇年代には写真展などを開催したが、最近は特に交流活動がないという。
石原氏は過去の記者会見で「フランス語が好き」、「フランス語の先生たちは…フランスの政府に文句を言ったらいいんでね」などと反論。今回の提訴について東京都知事本局報道課は「訴状が届いていないので、どこが担当するかも決まっておらず、コメントができない」としている。
■人権をめぐる石原氏語録
■三国人発言 「東京では不法入国した多くの三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返している。大きな災害が起きたときには騒擾(そうじょう)事件すら想定される」(2000年4月、陸上自衛隊の式典で)。石原氏は「メディアが曲解を招くような報道をし、私だけでなく都民が迷惑を被った」と反論。
■ババア発言 学者の言葉の引用として「『文明がもたらした最も悪(あ)しき有害なものはババア』なんだそうだ。『女性が生殖機能を失っても生きてるってのは無駄で罪です』って」(01年に雑誌インタビューで)。石原氏は「人の話を紹介しただけ」と反論。
国家賠償請求訴訟 公務員から職務上の故意や過失で違法に損害を受けた人が、国家賠償法に基づき、国や地方自治体などに賠償を求める訴訟。
<デスクメモ> インターネット上の匿名差別とも違う。信念なのか、快感なのか、堂々と発言し、世論の批判にパワー全開で反論する。ハト派との対決で彼の家父長像は拡大再生産され、好感、反感の別なく、大衆の視線を集めぬ日はない。あのエネルギーは、いったい何だ。彼の終着駅はどこなのか、ぜひ聞いてみたい。(隆)
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