「慰安婦」問題への安倍政権の対応を論じた記事である。
基本的には,「慰安婦」加害の当否を正面から論ずることは避け,局面を「中国ロビイスト」の企みにやられたと描くもの。
しかし,安倍氏等による「河野談話」見直しにストップをかけた最大の理由は米下院の動きとしながら,アメリカ政府自身への批判はどこにもない。
他方で,政府による見直しストップには,国内の「保守」(右派)への配慮と,日米同盟維持への配慮もあったと安倍氏の判断を持ち上げる。
抑制すべき右派の怒りの題材にあげられるのは,占領軍による日本女性へのレイプと,原爆被害や東京大空襲などの問題である。
だが,原爆や各地への空襲など軍事施設以外への無差別殺戮がアメリカによる戦争犯罪であろうことは,左右の立場の区別なく追求されてしかるべきこと。
他方で,記事は,占領軍に対して時の日本政府が「特殊慰安施設協会」(RAA)を率先して提供したことに,なぜか沈黙を決め込んでいる。
日米軍事同盟優先と,性奴隷づくりに対する日本政府の責任から目をそらすことが,強い問題意識ということか。
【安倍政権6カ月 孤独と苦悩の日々】米決議案との狭間で(産経新聞,3月22日)
河野談話 強制性は党が再調査、政府は必要に応じて協力
3月8日夕刻。首相、安倍晋三の思想信条に共感し、かねて支え続けてきた自民党若手・中堅議員らに激震が走った。
安倍が慰安婦募集における官憲の関与を認めた平成5年の官房長官、河野洋平の談話(河野談話)について、記者団に「われわれは談話を基本的に継承していく立場だ。強制性については党が再調査するので政府は資料の提供など必要に応じて協力していく」と明言したからだ。
この2時間前、自民党有志の議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(歴史教育議連)の会長、中山成彬らが首相官邸に安倍を訪ね、談話の根拠となる資料の政府による再調査を求めた。政府が再調査に踏み切れば、軍・官憲による強制連行を示す資料が存在しないことが改めて確認されることは確実とされており、談話見直しは必然とみられていた。
その際、安倍は中山らをねぎらい、再調査に前向きな意向を示した。ところが、政府ではなく「党で再調査」という中途半端な方針変更に議連メンバーは困惑した。政府は談話見直し論議の最前線から一歩身を引くという意味でもある。「ハシゴをはずされた」「誰が首相をそそのかしたのか」と憤りの声も上がった。
対立回避へ
歴史教育議連は、慰安婦に関する記述がすべての中学歴史教科書に掲載されるようになったことを受けて、安倍や政調会長の中川昭一らが9年、「自虐史観」の見直しを掲げて発足させた。談話見直しは安倍のレゾン・デートル(存在理由)と言っても過言ではないほどのテーマなのだ。
にもかかわらず、安倍は昨年10月3日の衆院本会議で河野談話踏襲を明言。同月5日の衆院予算委の答弁で、軍の直接関与を示す「狭義の強制性」を否定したとはいえ、大きな政治的妥協だった。当時の政治状況で談話見直しに踏み込めば、元自民党幹事長の加藤紘一ら反安倍派や野党の格好の餌食になったことは間違いないが、安倍には忸怩(じくじ)たる思いが残った。
それなのに、なぜ安倍は政府による再調査を思いとどまったのか。
そのもっとも大きな理由は、米下院の対日非難決議案の動向だった。
慰安婦問題を「20世紀最大の人身売買」と断罪するこの決議案はもともと米国でも大して注目されていなかった。
ところが、決議案に対する日本国内での反発に乗じる形で米メディアに火が付いた。ニューヨーク・タイムズは3月6日付の社説で「安倍晋三は『日本軍の性的奴隷』のどの部分に理解や謝罪ができないというのか」と激しく批判、他の有力紙も相次いで安倍の非難記事を大きく掲載した。
3月8日の時点では、安倍にも複数の外交ルートから「決議案可決は不可避」との見方が伝えられていた。ここで政府による再調査を表明すれば火に油をそそぎかねないというのが安倍のやむをえない最終判断だった。
4月中旬の中国の首相、温家宝の来日、下旬には自らの訪米を控えていたことも足かせとなった。だが、それ以上に安倍が恐れたのは、日本の保守勢力に潜在する反米感情に火が付くことだった。
決議案が可決されれば、日本の保守論陣から連合国軍総司令部(GHQ)占領下での米軍による婦女暴行事件を糾弾する声が上がることは必至だ。東京大空襲や広島・長崎への原爆投下の人道上の罪を問う声も上がるだろう。そうなれば、米共和党も黙っていまい。日米保守勢力の対立をほくそ笑むのは、誰であり、どこの国なのか-。
安倍は9日昼、首相官邸に自民党衆院2回生議員を招き、昼食会を開いた。提言をまとめた中山泰秀はこぼした。「みんな残念がっていますよ」。安倍は厳しい表情で「中川昭一さんとよく相談してほしい。私からも言っておく」とだけ語った。
反論できず
対日非難決議案は過去5回提出されているが、いずれも廃案になっている。しかし、「今回は少し動きが違う」と、いち早く察知したのは首相補佐官(教育担当)の山谷えり子だった。
山谷は昨年9月の補佐官就任直後、官房長官の塩崎恭久に「このまま放置したら大変なことになる」と進言したが、塩崎の動きは鈍かった。安倍が事態の深刻さに気付き、外務事務次官の谷内正太郎らに「事実関係に基づかない対日批判に対しては、一つ一つ徹底的に反論するように」と指示したのは昨年12月だった。
だが2月15日には米下院の小委員会が元慰安婦女性の公聴会に踏み切った。業を煮やした安倍は首相補佐官(広報担当)の世耕弘成を同月19日、米国に派遣した。
「決議案の裏には中国ロビイストがいる。狙いは日米の離反だ」
世耕は応対に出た米国務省の課長級職員に懸命に訴えた。世耕の勢いに押されて職員が呼びに行ったのは国務次官補のヒルだった。
「そういう背景があるとは知らなかった」
ヒルはそう話して頭を抱えるポーズをとった。しかし、人権に関するテーマだけに米国内保守派も日本を援護しにくい。時すでに遅しだった。
駐米大使の加藤良三は米議会に「日本政府は慰安婦問題に関し、責任を明確に認め、政府最高レベルで正式なおわびを表明した」と声明を出したが、大使館員が米政府や米国議会に詳しい事情説明や反論を試みた形跡はない。理由は河野談話だった。「政府が談話を継承する限り、反論しようがない」(政府高官)。談話は決議案の根拠となっているだけでなく、日本政府が反論できない理由にもなっていた。
自戒の念?
談話の主、河野洋平が衆院議長を務めていることも政府が見直しに踏み切れない要因となっている。3月3日の19年度予算案の衆院採決直前には「これ以上見直しの動きが加速すると、河野は衆院本会議開会のベルを鳴らさないのではないか」との情報が駆けめぐった。河野は15日には国会内で記者団に「談話は信念をもって発表した。あの通り受け止めてほしい」と述べ、談話見直しの動きに不快感をあらわにした。政府・自民党内にも「なぜわざわざ波風を立てるのか」と見直しに否定的な声は強い。
厳しい状況が続く中、安倍は18日、神奈川県横須賀市の防衛大学校卒業式に臨んだ。訓示で、元英国首相のチャーチルの回顧録の一節「慎重と自制を説く忠言がいかに致命的危険の主因となりえるか。安全と平穏の生活を求めて採用された中道はいかに災害の中心へ結びつくかをわれわれは知るだろう」を引用した。
その上で、安倍は「『危機』に臨んでは右と左を足して2で割るような結論は、状況に真に適合したものにはならない。情勢を的確に分析し、自らの信じるところに従って的確な決断をすることが必要だ」と話した。自戒の念を込めたとみるべきだろう。=敬称略(石橋文登)
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