以下は関西勤労者教育協会『勤労協ニュース』06年10月10日,№353に掲載されたものです。
今年度の第2回理事会(9月9日)での発言です。
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政治情勢の現局面をどうみるか
勤労協常任理事 石川康宏
自民党政治の行き詰まり
いま自民党政治の行き詰まりを直視することが大切です。総裁選の候補者たちはいずれも「構造改革」の推進派ですが、政府から出される最近の白書はどれも「現状のままではまずい」という指摘をふくむものになっています。
『経済財政白書』は、今の若い人の非正規雇用を続けていれば技術力が失われ、日本の企業競争力が落ちてしまう。また若い人が低所得のまま大人になっていけば国内消費がひどく萎縮し、日本経済はたちゆかなくなってしまう。だから非正規を正規に転換する施策が必要だとはっきり言っています。
実際に現実を分析して白書を書いている人たちはそう言わざるをえない。しかし,もう一方で「構造改革」を批判するわけにもいかない。そういうジレンマに落ち込んでいます。
『少子化白書』や『厚生労働白書』も時短の必要性を説いていますが,「構造改革」路線を続けたままで,これらの問題を解決することができないのは明白です。今の自民党にこうした問題を解決する能力がないことは誰の目にも明らかになってきています。
安倍晋三氏の『美しい国へ』には経済政策が1ページもありません。「再チャレンジ」を可能にすることが必要だと言っていますが、それも具体策はありません。
セーフティネットが必要だといいますが,それは死に瀕した人にさえ,生活保護の適用判断はむずかしいと言う程度のものです。この人に深刻な格差の広がりを解決する能力がないことは明白です。
もう一つはっきりしてきているのは、靖国参拝に固執することの矛盾がますます深刻になっていることです。
総裁選の候補者は三人とも靖国派ですが、最有力の安倍氏は発言がどんどんトーンダウンしており,あとの二人は「行かない方が良い」と言わずにおれなくなっています。
三人とも九〇年代半ばに『大東亜戦争の総括』という本をつくった自民党歴史検討委員会のメンバーで、かつての戦争は「自存自衛の戦争」で正しかったと本気で思っている人たちですが、それにもかかわらず靖国参拝を公然と肯定することはむずかしくなってきています。
財界の靖国問題解決要求
これについては支配層内部からも批判が出ています。一つは財界からの批判です。
経済同友会などは、東アジアとの経済交流のために,歴史教育そのものの充実が必要だと言い始めています。今年三月と五月に日中関係改善の提言を出していますが,日本政府には「靖国に行くな」だけではなく、近現代史教育を充実し,若い世代に戦争の問題を正視させよとまで言っています。
財界には、東アジアで今後相当長期にわたって経済活動をしていくという自覚があり、問題を靖国問題だけですませることはできない見通しをもっているわけです。あくまでカネもうけ第一主義の立場からではありますが,まずは靖国問題を解決しろというわけです。
先日も経済同友会は「新たな外交安全保障政策の基本政策を」という文書を出しています。これは明らかに安倍路線に対する注文です。
第一に、歴史問題に正面から取り組み,アジア外交の改善に向き合うべきだと言っています。第二に、日米同盟をコアとするのは良いが,それだけではダメで国際連合をキチンと位置づけろと言っています。第三に、憲法九条改正についても、何をどこまで日本がやるのか、そのための体制はどうするのかということの議論が先ではないかといっています。
財界がみんなそろって安倍路線を支持しているということではないわけです。
アメリカからの靖国問題解決要求と支配層の内部矛盾
もう一方でアメリカが靖国問題を解決しろと迫っています。アメリカは、05年末の東アジアサミットを止められず、すでに東アジアの経済共同は阻止できないという認識をもっています。
したがって,次の焦点は,東アジアの共同がアメリカ資本のもうけられる共同になるのかどうかという点に移っています。
そのとき、アメリカの意見をアジアで代弁する最大の発言者は本来日本の政府であるはずです。ところがその日本が中国とも韓国とも話し合いさえできずにいる。東南アジアからも総スカンをくらいで、アメリカにとってはまったくの「役立たず」となっているのです。ですからアメリカ政府に近い学者が,『週刊東洋経済』に「日本がアメリカ一辺倒ではアメリカが困る」と書くような状態になっています。
それにもかかわらず,安倍氏は,反対に村山談話を否定するようなことさえ言っています。これは明らかに財界やアメリカの意向とのズレを大きくする方向への動きです。「財界・アメリカいいなり」を基盤とする自民党政治が,財界からもアメリカからも強い注文をつけられずにおれない状態に陥っている。したがって,仮にその表面的な言葉に勢いがあったとしても,自民党政治は支配層内部の矛盾を深めるものとなっています。
経済面でも,国内の消費力を破壊しておきながら、アジアとの交流がうまくいかない方向にすすんでいますから、経済状態の改善も何もないということです。我々からすれば、景気回復のためにこそ、国内消費の激励とアジアとの友好が必要だと打って出ることができるわけです。
国民運動の力の高まり
こうした支配層内部の行き詰まりとともに、国民運動の高まりを正確にとらえることも重要です。
昨年の選挙で自民党は大勝し,国会には巨大与党が生まれました。しかし,それにもかかわらず春の国会で,自公政権は思うような国会運営ができていません。特に重要な法案として,医療制度改悪,教育基本法「改正」,共謀罪導入,改憲手続き法が審議されましたが,成立したのは医療制度改悪だけでした。他の3つはいずれも継続審議に追い込まれています。国会の中の数の多数だけでは政治を動かすことはできないのです。これを食い止めた大きな力として,国民運動の高揚が大きな役割をはたしました。
基地問題では、岩国・沖縄で市長選勝利を勝ち取りました。相模原、座間では保守首長をまきこんだ自治体ぐるみの運動となっています。横須賀では三万人の集会が行われました。
憲法問題では9条の会が五千数百に増えています。土佐清水市等では住民過半数から改憲反対署名が集められました。成立してしまった医療制度改悪についても,反対署名の数は二〇〇〇万、全人口の六人に一人が署名するまでになりました。
さらに注目すべきは、青年の立ち上がりです。円山一揆が京都であり、去年の秋には全国の青年一揆が東京であり,さらにその後青年ユニオンの結成がすすんでいます。一〇月一日には大阪でも青年集会が行われます。ほんの1~2年前まで「勝ち組、負け組」論に抑え込まれていた若い世代が,この議論を乗り越えて正面からの闘いに立ち上がりつつあるわけです。
改憲勢力は、早ければ二〇〇七年に改憲と言っていましたが、国会に出されている国民投票法案は、成立して二年を待たねば施行されないものとなっています。つまり早くても国民投票は二〇〇八年にしかなりません。明らかに彼らのスケジュールは後ろに倒れはじめています。
マスコミの論調の一定の変化
マスコミは全体として我々のたたかいを報道せず,それぞれの闘いに孤立感を与えようとする役割をはたしています。しかし,もう一方でマスコミの論調に一定の変化が出てきているのも事実です。
特に地方紙はかなりの健闘を見せています。「格差社会はおかしい」とか「改憲でいいのか」という社説も出されています。先日、地方紙の若い記者が「慰安婦」問題に取り組む私のゼミを取材に来て、「デスクとのたたかいになる」と言っていました。マスコミの内部にも闘いがあるわけです。
けさの「東京新聞」におもしろい記事がありました。「安倍氏ブレーンどんな人? 靖国、拉致、教育問題…」というタイトルで、安倍氏の右派ブレーンが五人いると名指しで書いています。
伊藤哲夫日本政策研究センター所長、西岡力東京基督教大教授、島田洋一福井県立大教授、八木秀次高崎経済大教授、中西輝政京大教授で、これを「思いっきり保守五人組」と名づけ、その主張をまとめたうえで、こういう政治の展望で良いのかと結んでいます。
テレビでも,格差問題など現状が悪すぎるということを指摘する番組が生まれてはじめています。NHKがチャベス革命とワーキングプアを取り上げました。いずれも新自由主義の核心にかかわる問題です。
『前衛』一〇月号の長澤論文は、テレビ討論会の内容がかなり変わってきていることを報告しています。
我々の周辺に「マスコミもダメだし…」「みんな立ち上がらないし…」というふうに、ろくに事実を見もせずに,単純に情勢を悪いと思いこむような非科学的な姿勢があることを直視する必要があります。それを払拭していくことは,学習運動の重要な課題だと思います。
改憲手続き法案を重視して
秋の国会には重要法案がいろいろ出てきますが,注目がまだ弱いと思われるのは改憲手続き法の問題です。この法案の中身はふたつあります。一つは国民投票法案です。これはかなり知られるようになってきました。
もう一つ重要なのは,この法案に国会法改正案がふくまれており,これによって国会に憲法審査会を新設するとなっていることです。
これまでの憲法調査会は調査だけですが、憲法審査会は改憲原案をつくり,これを成立させるのに必要な手続き法を準備するための機関です。これは成立すると、来年春の国会から活動することが可能となります。憲法審査会がつくられれば,国会の中でどういう改憲案をつくるのかという議論が,いやでもスタートすることになっていきますから,これの成立を阻むことはきわめて重要です。
大局的な情勢学習の重要性
今日の学習運動には,個々のテーマについてしっかり学ぶと同時に,今の政治情勢を大局的,総括的に学ぶことが求められていると思います。支配層がどういう攻撃をしかけてきているかだけではなく――それだけだと非常に一面的な危機論にしかなりません――それに対して私たちの運動がどのように立ち向かい,組み合っているのか,そこを語ることが非常に重要になっていると思います。
最後に一つ提案ですが、自民党も民主党もインターネット上での投票よびかけを解禁する方向で動いています。私たちの運動には,インターネットの活用では立ち遅れているところがあると思います。これが解禁されれば,インターネット上での選挙活動の他に,匿名記事での謀略活動もふえてきます。それに対抗できる力を早急に身につける必要があると思います。
勤労協として、インターネットを通した運動のやり方についての学習を組織することの検討を提案したいと思います。
(文責・事務局)
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