「ワールドレポート 仏独 共同で歴史教科書」(赤旗)。
「このほどフランスとドイツの歴史学者の共同作業による初めての高校生向け歴史教科書が刊行されました。共同教科書の作成は世界的にもほとんど例がなく、十九世紀後半から第二次世界大戦まで三度戦火を交えた両国の和解を「もう一歩前進」(仏外務省)させるものと注目されています」。
「今年九月の新学期から使用されるこの教科書は、第二次世界大戦の終了から現在までの現代史を扱った高校最終学年用」。
「『「これまで高校での歴史教育は、フランス人の立場、見解によるものでした。したがって、たとえば、この教科書で取り上げられている『ドイツ人が戦後期をどのように生きてきたか、ドイツ人がナチスの犯罪の過去にどのような姿勢で向き合ってきたか』というようなテーマを、高校生たちは習うことがありませんでした。これは非常に大切なことだと思います』」
「いち早く教科書を入手した高校の歴史地理の教師ダンデロウ・ファビエンさんはこう語りました」。
加害の歴史に対する日本の姿勢との相違は決定的。
こういう真剣な努力がされなくちゃ。
ワールドリポート 仏独 共同で歴史教科書
仏 両国和解 もう一歩前進へ 独 過去の犯罪と向き合う
このほどフランスとドイツの歴史学者の共同作業による初めての高校生向け歴史教科書が刊行されました。共同教科書の作成は世界的にもほとんど例がなく、十九世紀後半から第二次世界大戦まで三度戦火を交えた両国の和解を「もう一歩前進」(仏外務省)させるものと注目されています。(パリ=浅田信幸)
「これまで高校での歴史教育は、フランス人の立場、見解によるものでした。したがって、たとえば、この教科書で取り上げられている『ドイツ人が戦後期をどのように生きてきたか、ドイツ人がナチスの犯罪の過去にどのような姿勢で向き合ってきたか』というようなテーマを、高校生たちは習うことがありませんでした。これは非常に大切なことだと思います」
いち早く教科書を入手した高校の歴史地理の教師ダンデロウ・ファビエンさんはこう語りました。
現代史扱った高校最終学年用
今年九月の新学期から使用されるこの教科書は、第二次世界大戦の終了から現在までの現代史を扱った高校最終学年用。A4判の大きさで三百三十六ページ。表紙には、一九八四年に当時のミッテラン仏大統領とコール独首相が、第一次大戦の激戦地ベルダン(仏北東部)で和解を誓っている写真などが使われています。
内容では全体を五部十七章に分け、本文記述を30%程度に抑えて写真や図表、囲みの資料と用語解説を多用しています。
まずフランス語版が出版され、ドイツ側では七月十日、独仏国境に近く、歴史上フランスに占領支配されたこともあるザールブリュッケンで大々的に出版記念会が催されます。
来年には、フランス革命以後の十八世紀から一九四五年まで扱った近代史編、さらに歴史の始まりからフランス革命までの古代・中世史編の教科書も予定されており、独仏一社ずつが参加する共同出版の形をとっています。
欧州統合への主導的役割
共同編さんの考えは、第二次大戦後の両国の和解と関係の基礎を築いた独仏友好条約(エリゼ条約)四十周年を記念して、二〇〇三年一月ベルリンで開かれた独仏高校生五百人による模擬国会で打ち出されました。当時のシラク仏大統領とシュレーダー独首相が合意して実現の運びとなったものです。
背景には、「欧州建設における両国関係と運命共同体に属する感情を深める」(仏外務省)ために、独仏が欧州の和解と統合に果たしてきた主導的役割を高校生に理解させる狙いがあります。
両国から五人ずつの歴史学者が共同編さんに携わりました。すべての章が共同執筆となって、見解の異なる「両論併記」はありません。こうなるまでにはメールでのやりとりや熱のこもった議論が、十カ月間繰り返されたといいます。
フランス側の編さん責任者カントレ氏は仏紙にこう語っています。「ショア(ユダヤ人大虐殺)やビシー(ナチスかいらいの仏政権)、犯罪性の問題を扱う『第二次大戦の記憶』の章で意見の違いが出るだろうと構えていたが、われわれの波長は同じだった」
たとえば「ショア」について、「ショアを記憶することは、このような残虐行為がふたたび繰り返されないようにするための、未来の世代に対する呼びかけである」と記述されました。
同時に仏ビシー政権の対ナチス協力についても一単元を割き、フランス国家としての責任を初めて認めたシラク現大統領の九五年の演説抜粋を資料として掲載。またドイツについても、一握りのナチスだけでなく全体としてドイツ人に責任があるのかどうか「活発な論議がある」と指摘しつつ、ドイツの犯罪行為を記憶する必要性を訴えた八五年のワイツゼッカー西独大統領(当時)の演説(日本では『荒れ野の四十年』に収録)抜粋を紹介しています。
「波長」のあわない対立点は「戦後における米国の役割」だったといいます。ドイツ側は米国を、ドイツ復興を可能にした民主主義のチャンピオンと見るとらえ方が強く、フランス側では超大国アメリカの文化帝国主義を危険視する見方。結局は「バランスのとれたテキストに落ち着いた」といいます。
この教科書で学ぶフランスの高校生はドイツの分裂と統一の歴史を、ドイツの生徒はフランスの脱植民地化(とくにベトナム、アルジェリア)の歴史などを従来以上に深く知ることになります。
とはいえ注文もないわけではありません。歴史地理のファビエン先生は語ります。
「この教科書には、フランスとドイツが、戦後をどのように協力し合ってきたかが良く説明されています。第五部のタイトルが、これまでの『一九四五年以降のフランス』ではなく、『一九四五年以降のフランスとドイツ』になっていますが、私としては欧州市民となる若者たちの教科書になるのなら、ここに少なくともイギリスとイタリアが付け加えられるべきだと思います。この教科書で唯一批判したいのはそのことだけ。まずは第一歩、これからに期待したい」
ファビエン先生の話では、同僚の歴史教師たちはほとんど全員がこの共同教科書の誕生を称賛しているといいます。
欧州の共同歴史研究 フランスとドイツの共同歴史研究と共同教科書づくりの動きは、第二次大戦中にドイツが侵略した近隣諸国との共同研究の一環として、戦後すぐに始まりました。
ドイツの政府と州が後援する民間研究所、ゲオルク・エッカート国際教科書研究所によると、一九五一年には仏独共同教科書への勧告書が「第一次、第二次大戦で対立した両国の不信と対立を取り除く」ことを目的に、同研究所など仏独の民間研究者によって発表されました。八〇年代にもゲオルク・エッカート研究所と仏歴史地理教師協会での共同研究が進められました。
欧州での共同歴史研究と教科書づくりは、「欧州で二度と戦争を起こさない」決意とナチス・ドイツへの反省から、ドイツを中心に、同国とオランダ、スカンジナビア諸国、ポーランド、チェコなどと進められました。ポーランドとは戦後、二回にわたり、「歴史と地理の教科書に関する勧告」(七六年)、歴史研究報告「二十世紀のドイツとポーランド」(二〇〇一年)にまとめられています。
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