以下は,12月3日に行われる第22回東播人権集会で行われるシンポジウムの基調講演の要旨です。
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〔講演要旨・4000字〕
「シンポジウム基調講演=格差・貧困と安倍内閣」
2006年11月1日
神戸女学院大学・石川康宏
http://walumono.typepad.jp/
〔安倍内閣をどう見るか〕
①9月26日に安倍内閣が発足した。しかし,小泉内閣発足時の勢いはどこにもない。翌日9月27日の各紙の社説は次のよう。東京新聞「『重し』のない危うさ」,朝日新聞「果たしてどこへ行く」,毎日新聞「改革の熱気が伝わらない-目立つのは『内輪の論理』」,読売新聞「時代の課題にこたえられるか」,日経新聞「安倍内閣は官邸主導で改革実績を示せ」,産経新聞「国益守るシステム築け-期待したい官邸の機能強化」。
②さらに最近の週刊誌の大きな見出しは次のよう。「大特集“下流イジメ内閣”の正体 安倍晋三&〈ゴッドマザー〉洋子の“14億円”蓄財術」(『週刊現代』10月14日号)、「総力特集 安倍新政権は『2人の中川』で自爆する!」(『週刊ポスト』10月13日号)、「黒い幹事長『中川秀直』の正体」(『週刊新潮』10月12日号)、「安倍政権の『死角』 ホントに任せて大丈夫?」(『週刊文春』10月12日号)、「安倍晋三と新興宗教」(『週刊朝日』10月13日号)、「『アベハウス』の時限爆弾」(『サンデー毎日』10月15日号)。
③最大の弱点は小泉内閣が残した「負の遺産」を「引き継ぐ」ことしかできないこと。NHKが「ワーキングプア」を特集し,10世帯に1世帯が生活保護水準以下だと放映する。『経済財政白書』は,総世帯の平均所得が99年の649万円から04年の589万円へ,5年で60万円下がったと。最大の原因は「労働市場の効率化」という名での非正規雇用の拡大。『白書』は若い世代に技術の継承ができなくなっていることも指摘し,非正規から正規への転換が必要だと述べている。安倍内閣は格差と貧困を招いた「構造改革」を,引き継ぐとしかいえない。マスコミの冷たい視線も当然。
④もう一つの大きな「負の遺産」は靖国史観による東アジアとの外交関係の破綻。成長する東アジア経済とのかかわりを弱めるとして,日本財界からもアメリカからも強い批判をうけた。根っからの靖国史観派を中心とした安倍内閣が,この「解決」に乗り出さねばならない皮肉がある。国会での厳しい追求で,安倍氏は自らが否定してきた93年河野談話・95年村山談話の継承をいわずにおれなくなった。しかし下村官房副長官が河野談話への疑問を示し,安倍首相が不問に付したように,本音が変わったわけではない。安定した関係回復にはまだ障害がある。
⑤派閥間での政権たらい回しができなくなっているのも安倍自民党の大きな弱点。その一方,憲法,教育基本法,共謀罪,医療制度改革と,平和と人権を脅かす「美しい国」づくりには強い執念。国民投票法の施行が早くても2008年,5年以内の改憲という発言,解釈改憲の枠内での「集団的自衛権」の可能性の追求など,大きな国民運動によって改憲スケジュールに狂いが生じているところもある。しかし,改憲路線は財界・アメリカとも意見の一致があり,推進に向けた危険な衝動をあなどることはできない。
〔「構造改革」とは何なのか〕
①小泉「構造改革」とは何であり,安倍「構造改革」とは何なのか。2005年選挙で自民党は郵政民営化を「改革の本丸」と位置づけた。郵政民営化の実態がわかれば「構造改革」の全体像も見えてくる。04年11月の日米財界人会議共同声明「郵貯・簡保が,日本国民一般にユニバーサルサービス(全国一律のサービス)を提供し続ける必要はなく,本来的には廃止されるべきである」。
②これは郵政公社の主な仕事である配達,貯金,簡易保険を民間企業に明け渡せという日米大企業の要求だった。会議に参加したアメリカ企業には,配達のフェデラルエスクプレス,貯金のゴールドマン・サックス,リップルウッド,保険のアフラック,プルデンシャルなどがある。「郵便局は税金のむだ」「民営化すれば税収が増える」という小泉首相のウソは,問題の本質をかくすため。
③アメリカからの2つの暴露――1)05年9月28日アメリカ下院歳入委員会公聴会,カトラー通商代表部補発言「われわれの大使館は,日本でこの課題に取り組む重要人物たちと週1回の会合を開催している」――「日本の同盟者はだれか」の問いに「日本の生命保険会社だ。……日本政府の中にわれわれの立場に大変,共鳴する人がたくさんいる」──2)「日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書」(2005年12月7日)「米国は日本郵政公社の民営化という日本の改革イニシアティブを特に歓迎する。日本の銀行・保険・エクスプレス便市場において,米国系企業,日本企業およびその他の民間企業に比べて日本郵政公社に付与されてきた税制面などでの優遇措置を撤廃するよう,米国は長年にわたり求めてきた。日本は,2005年10月に国会で法案を成立させることにより,その方向へ重要な進展をはかる枠組みを築いた」。
④要するに「構造改革」とは政府が責任をもった公的サービスから手を引き,日米大企業に新たなもうけ口を与えていくこと。金融ビッグバンの全体がそう。企業負担を小さく本人負担を大きくし,福祉を大企業への市場としていく社会保障改革。日米大企業に低賃金労働力を提供するための労働改革。もっぱら福祉・医療・教育を削る公務員削減。法人税減税と庶民増税をセットにする税制改革など。
⑤「構造改革」の背後にはゼネコン関連資本主導から,自動車・電機製造業企業主導への財界内部の力関係の変化がある。その変化の政治への反映が「党主導」から「官邸主導」への政治構造の改革。「官邸」の核心は経済財政諮問会議であり,実態は自動車・電機主導の財界の意向がそのまま反映する財界主導。その構成メンバーは,首相の他10人の議員,うち4人以上は民間人。御手洗冨士夫(みたらい・ふじお)・日本経団連会長(キヤノン会長)、丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)・伊藤忠商事会長、伊藤隆敏(たかとし)東大大学院経済学研究科教授、八代尚宏(やしろ・なおひろ)国際基督教大教養学部教授。
⑥「再チャレンジ政策」は,「構造改革」路線を修正するものではない。「確認しておきたいのですが,『再チャレンジ』というのは,セーフティネットではないということです」「『再チャレンジ』の狙いは,弱者を保護するということではなく,人材を眠らせない,人材を活用していく,ということです」(『安倍晋三の経済政策』115~6ページ)。「企業のほうも,賃金が低く,人員の増減がしやすい非正規雇用を必要としている」「経済的に豊かになることが人生の目的ではないし,正規雇用されなければ不幸になるわけでもない」(『美しい国へ』225~6ページ)。
〔国民の生存権保障を放棄する改憲案〕
①自民党「新憲法草案」(05年10月28日)の主な問題点は4つ。1)侵略戦争を反省しない国づくり,2)海外で戦争のできる国づくり,3)政府が個人の権利・自由を制限できる国づくり,4)次々と改憲ができる国づくり。〔憲法第12条〕「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」〔草案第12条〕「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、保持しなければならない。国民は、これを濫用してはならないのであって、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚しつつ、常に公益及び公の秩序に反しないように自由を享受し、権利を行使する責務を負う。」
②改憲の方向をより全面的に露骨に示した「憲法改正草案大綱(たたき台)――『己も他もしあわせ』になるための『共生憲法』を目指して」(04年11月17日)。1) 「我が国は、法の支配に服し、法秩序の至高の価値である「個人の尊厳」を基本として、自立と共生の理念にのっとり、すべての人々の生命、自由及び幸福追求の権利を最大限に尊重することを定めるものとすること。」2)「※ 第二に掲げる「基本的な権利・自由」とは異なり、「権利」性が弱く、その保護のためには国や地方自治体による制度の具体化が必要な、いわゆる「制度的保障」と言われる規定に属するものを、別の節としてまとめて規定しようとしたものが本節である。そこでは、個人の権利とする部分と、国家・自治体の責務とされる部分とが一体化されている場合が少なくないので、「第二節・基本的な権利・自由」及び「第三節・国民の責務」の後に「プログラム規定としての権利・責務」という形で規定している(なお、このような観点からは、現行憲法の権利規定の一部(例えば、25条の生存権規定など)についてもこの節の中に位置づけるような見直しが必要となろう。)。」
③障害者自立支援法,高齢者住民税増税,医療制度改革など,「構造改革」政治の背後には生存権保障の放棄がある。「改革」推進の中心に立った竹中平蔵氏が社会保障を「たかり」と呼んだのも同じこと。自民党の改憲案には人権思想の放棄と否定がふくまれている。教育基本法「改正」も「戦争を不思議と思わない子どもづくり」「格差を不思議と思わない子どもづくり」がねらい。
〔政治の流れをかえる国民運動の出番〕
①政府が社会の破壊をすすめるとき,これを阻止するのは主権者の責任であり,それを行うのは国民の運動。春の国会では重視された4法案のうち3つまでが継続審議に。国会の議席の数だけで悪政がどこまでも進むわけでない。国会運動と国民運動の結合が悪政を阻止する大きな力となっている。
②盛り上がる国民運動を黙殺することで相乗効果を冷却させる大手マスコミの作戦。実際には多くの取り組みがある。医療制度改悪反対署名2000万,大阪市内各地の区役所に06年6月の高齢者増税後2週間で12万4000人,在日米軍基地再編反対──沖縄・岩国の市長選勝利,座間や相模原の闘い,横須賀に3万人,沖縄知事選11月,憲法改悪反対──5700の9条の会議,9条署名で住民過半数(高知県土佐清水市・大月町,岩手県陸前高田市),教育基本法反対集会に2万7000,半数が非正規雇用の青年たちの立ち上がり──05年夏の円山(京都)一揆,秋の全国青年一揆「闘う人たちをはじめて見ました,がんばってほしい」(高校生),各地での青年ユニオンの結成,「勝ち組・負け組」論をはねかえして。政治転換の総方向は「憲法どおりの日本」づくり。
③内向きでない全国民を視野にふくめた取り組みの追求を。「正しい」だけでなく,魅力ある運動づくりの工夫を――若い世代に学ぶ,インターネットで情報を発信する──ホームページ,メールマガジン,個人でもブログを,来年夏にはインターネット選挙解禁の見込み,インターネットを多用する市民運動との接点も。個々の要求実現を政治の転換に結び付ける,4月一斉地方選,7月参議院選挙は絶好のチャンス。
④1人1人が自己の成長に責任をもって学ぶ。「毎日1時間の独習」を労働運動・市民運動のあたりまえのスローガンに,「独習こそ学習方法の本道」(学習・教育部の中心課題),定評ある月刊誌を定期講読する,3ケ月単位の学習テーマにそって5冊の本を買う,あらゆる会議・ニュースで学習の経験を話題に,「学ばない幹部に指導される集団は不幸である」,本の読み方──精読・探し読み・段落の最初読み,線と印,折り曲げ,欄外に要約・感想・疑問などなんでも書き込む,「明日から」ではなく今からただちに。
⑤学びつつ行動し,社会を変えようとする学生たち。
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