忘れないうちのメモ。
『資本論』第1部上製版975~979ページ。
1)労働者の消費は2種類である。1つは剰余価値を生産する「生産的消費」,もう1つは賃金を生活手段に費やす「個人的消費」。
2)前者の成果は「資本家の生活」,後者の成果は「労働者自身の生活」である。
3)だが,労資の個別的関係ではなく社会的関係を見れば,労働者の「個人的消費」は「資本の生産および再生産の一契機」となる。
4)それは労働者が「個人的消費」を「資本家のために行なうのではない」ことに何も左右されない。
5)ここで資本が心を配るのは「個人的消費」を「必要物に制限することだけ」。
6)だから資本家とそのイデオローグは必要な限りの「個人的消費」を「生産的」とみなし,それ以上の部分を「不生産的消費」とみなす。
7)「個人的消費」は労働者には「貧しい個人の再生産」という意味で「不生産的」であり,「資本家および国家にとっては生産的である」。
以上。労働者の消費が生産的か不生産的かの区分は,①社会的視野のもとに,②〈誰にとってか〉の基準を明らかにして行なう必要がある。
労働者の自分のための「個人的消費」が,同時に資本にとっては労働力を生み出す「生産的消費」というわけである。
その両者の関係を見るところに,ここの分析の意味がある。
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