以下は,神戸女学院大学「図書館ニューズレターVeritas 32号」の特集「夏休みに読んで欲しい、あるいは、読みたいこの一冊」のために,大急ぎで書いたものです。
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矢部武『中国を取るアメリカ 見捨てられる日本』(光文社,2006年)
この夏には小泉首相の靖国神社参拝が,大きな話題のひとつになるでしょう。それがどういう問題なのかについては,別の書物で学んでほしいと思います。ここでみなさんに紹介したいのは,日本政府による米中関係理解の大きな誤りを指摘したひとつのアメリカ社会レポートです。
日中・日韓関係の悪化のなかで,小泉首相は「日米同盟が強固であれば,アジアとの関係もうまくいく」という趣旨の発言を繰り返してきました。しかし,実際には沖縄や横須賀をはじめ全国の在日米軍基地強化を進めても,日本とアジアの関係は一向に良くなりそうもありません。それだけではありません。アメリカはいま東アジアにおける「建設的パートナーシップ」の担い手として,中国との関係強化を急いでいます。そして,その外交路線の中で「中国との交渉で役に立たない日本」に対する苛立ちを深めています。「日米関係が強固であれば」は,当のアメリカ自身の動きによってすでに裏切られた国際理解となっているのです。
さて,ここに紹介する『中国を取るアメリカ 見捨てられる日本』は,かつて「ロサンゼルス・タイムズ」の記者であった著者が,アメリカ社会の奥に深く分け入り「アメリカ人の対中観」を探ってみようとしたものです。取り上げられるのは,大統領はじめ有力政治家たちの発言や政府の方針だけではありません。それよりも,むしろアメリカの普通の市民の「対中観」に焦点があてられます。
第1章は「気がつけば『メイド・イン・チャイナ』」,第2章は「中国語が日本語を凌駕する」,第3章は「冷え込む日中関係,深まる米中関係」,第4章は「中国の“したたかな”世界戦略」,第5章は「“国際感覚”が違う中国企業と日本企業」,第6章は「アメリカ人は日本人より中国人が好き?」,第7章は「私たちは世界の孤児になるのか?」です。
書かれていることから,少しだけエピソードを紹介しましょう。中国の最大の輸出相手はいまやアメリカで(つまりアメリカ人たちの消費生活は,中国製品なしには成り立たないものとなっています),日本製より30%ほども安い中国の家電製品がならぶ大型電器店がアメリカにはたくさんあるそうです。40代のある白人男性はインタビューにこう答えています。「家の中もテレビからパソコン,DVDなど中国製品でいっぱいです。単に値段が安いからではなく,質がよいから買っているのです。値段がよくて信頼できれば生産国がどこであろうと関係ありません」(24ページ)。
また,メディアでも中国についての情報提供が増え,その一方で1991年~2001年の10年で3大ネットワークが夜の番組で取り上げた日本関連の経済ニュースは,年間121本から14本へと大幅な減少を見せました。同じ期間に,新聞記事では約2300本から800本への減少だったそうです(44ページ)。多くのアメリカ人たちの「東アジアに対する関心」の焦点は,あきらかに日本から中国へと移りつつあるのです。大学では中国語の学習熱が高まっており,日本語学習は日本の文化や歴史に関わるものが多いのに対して,中国語学習は目前のあるいはこれからの米中ビジネスの拡大に深くかかわったものとなっています。アメリカ政府は,もちろん表立って「日本軽視」とはいいません(実際,軍事力増強の拠点としては世界の中でも最重視といっていいでしょう)。しかし,同時に「中国重視」についても少しも隠すことをしていません。
たくさんの取材を終えてこの本をまとめた著者は,日本の外交が世界の流れからますます取り残されていくことに強い懸念と不安を表明しています。そして,日本の政治と社会に次のようなアドバイスを発しています。「具体的には,アメリカ追随外交を止め,アジアの人々の感情や地域全体の友好と利益を考えた外交,さらにはアメリカや中国と対等に渡り合いながら世界の国々とも友好・協力関係を築いていく“大人の外交”を展開していくことだ」(243ページ)。私も,これには賛成です。
決して難しくない,気軽に読める本のつくりとなっています。この夏の読書の一冊に,ぜひ付けくわえてみて下さい。
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