2004年10月30日(土)……京都学習協のみなさんへ。
以下は,10月17日に行われた京都学習協の現代経済学講座第6回講義に配布したものです。
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〔京都学習協・第3回現代経済学講座〕
講師のつぶやき(第6回)
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
〔講師のつぶやき〕
その昔,もう10年ほども前のことですが,京都で保育運動をやっていました。93年に「保育サービス法(仮)」なんてものが出てきた頃のことです。子どもの手を引きながら,右京区に労働組合・子ども・保護者・園長等が手をつなぎ,公的保育の拡充をもとめる行政区の組織をつくりました。その後,しばらくは京都保育運動連絡会でも活動をしました。
しかし,子どもが保育所を卒園したのを区切りに,私も保育運動を「卒業」させてもらい,自分の活動の重点を労働者教育運動にシフトしました。
その後,長く,保育運動との接点はなかったのですが,「構造改革と保育行政」といったテーマでの講演依頼が「避け」られなくなり,また最近,その領域に少しだけ顔を出すようになっています。実は,昨日(10月10日)の埼玉県での講演テーマも保育にかかわるものでした。
そのようななりゆきから,全国保育運動連絡会の『ちいさいなかま』に短い原稿を書くことになりました。以下はその全文です。あまりみなさん方の目ふれる機会はないかと思い,転載しておきます。テーマは社会保障予算がどうして削られるのかという問題で,この講座に参加しているみなさんには,簡潔な復習にもなると思います。
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「まともな保育所づくりの財源を食いつぶしているのは」
--経済大国ニッポンの貧弱な社会保障--
▽どうして保育は充実しないのか
私は,その昔(10年くらい前のことですが),京都で保育運動にかかわっていました。その後は,特に保育に注目してきたわけではありません。それでも,政治や経済の全体の様子をながめていれば,おのずと保育も見えてきます。
保護者や先生たちのこんなに熱い願いがあるのに,どうして保育所は充実の道を進みはしないのだろう。答えはあっけないほど簡単です。それは,世界で1番多くのお金を公共事業に使い,世界で5本の指にはいる軍事費を使って,それで,社会保障にかけるお金がなくなったから。だから,保育にはお金がまわってこないのです。
保育所をどうするかという問題は,コッカザイセイをどうするかという大問題につながっているのです。国家財政。この国のサイフのお金の出し入れのことです。
▽オカシイぞ,経済大国なのに財政赤字だなんて
世界には191の国がありますが,日本の経済力は世界で2番です。大したものです。そして,日本人1億2000万人は毎日,消費税という税金を払っています。ほかの税金も払っています。それなら,この国のサイフは――収入源は税金と借金なんですが――世界で2番目に豊かであって当然です。
ところが,政府は――自民党と公明党の政治家ですが――「お金がありません,ザイセイアカジです」と叫んでいます。財政赤字。収入より支出が多くて,それで赤字で困っているというのです。これはおかしい。誰かが税金をごまかしていたり,どこかにものすごい無駄づかいでもなければ,経済大国ニッポンの国家財政は簡単に赤字になんかならないはずです。
▽ハンニン発見!
そこでよその国とくらべてみると,1つめに,収入が少ない理由は,大企業の税金が安いこと。知ってました? よく大企業の経営者が,「ニッポンの法人税は高い」といいますが,先進国で日本より法人税――企業のもうけにかかる税金です――が低いのは,イギリスくらいのものなんです。その他にも,外国に輸出した分については消費税を払わなくていいとか,大企業には,いろんな優遇措置があるんです。
2つめに多すぎる支出の原因は,なんといっても公共事業費と軍事費です。世界一の経済大国はアメリカです。アメリカの面積は日本の25倍です。人口も2倍くらいです。ふつうに考えたら,アメリカは高速道路がたくさん必要で,空港や港も必要で,そりゃあ,日本よりずっと公共事業費がかかって当然ですね。ところが,そのアメリカの25分の1の日本で,アメリカでつかわれる公共事業費の2.7倍がつかわれている。これは,おかしい。軍事費だって,毎年,世界第2位をあらそうくらいの勢いなんです。
だから,国家財政を赤字にして,保育のお金をなくするハンニンは,大企業優遇の税制と,公共事業と軍事費の無駄づかいです。つまり政治の姿勢ということですね。
▽釣り船から見たニッポンの公共事業
「逆立ち財政」って聞いたことがありますね。逆立ちしてるのは,公共事業費と社会保障費のバランスです。フランスでも,ドイツでも,アメリカでさえ,この2つでは社会保障費の方が大きくなっている。先進国ではニッポンだけが反対なんです。逆さまなんです。だから「逆立ち財政」。これは,この国のお金のつかい方のおかしさを見事に言い当てたことばです。
この8月,中学生の次男と,その保育所時代からの友だちと3人で釣りをしました。モーターボートで大阪湾に出るんです。その時,建設中の「神戸空港」を目の前で見ました。深さ15メートルの海が,タテヨコ何キロも埋め立てられています。ひどい環境ハカイで魚もにげるし,そもそも,神戸市民は「神戸空港はいらない」と何度も「住民投票」で答えを出したんです。それにもかかわらず,税金でつくってしまう。船頭さんも「反対の声はあったんですが……」とつぶやくように語っていました。
▽コンセントは1つしかない
さらに驚くのは,そのホンの20キロ先に「関西空港」の第2滑走路がつくられていることです。例の需要予測が立たない――つまりホントウにどれだけ使われるかが関係者にもわからないという空港です。それが,たった20キロ先です。大きな飛行機は,離着陸のときに数百キロのスピードですから,こんな近くに飛行場をつくるのはあぶないんです。
つまり,これは,コンセントが1つしかない家に,酔っぱらったトウチャンが2台目の大型テレビを買ってきたのと同じです。だって,2つ同時には使えないんですから。しかも,家計にゆとりはなく,さらに1台目はちゃんと立派にうつっている。「関空」には第1滑走路がありし,大阪と神戸のあいだには「伊丹空港」があるんですから。こんな具合に「ムダと環境ハカイ」が行われています。
▽待機児童問題の解決はかんたん
「関空」と「神戸」の建設費は,合計で1兆7000億円くらいだそうです。すごい金額です。10年前の京都で,たしか90人定員の公立保育所が2~3億円でつくられていました。ということは,1件3億円で計算しても,1兆7000億円は消費税込みで保育所5400ヶ所分になるんです。大問題の待機児童はたった数万人です。このお金があれば,アッというまに解決です。5400ヶ所×90人定員=46万8000人ですから。いくら乳児が多いといっても,おつりは山ほどもどってきます。
ついでにいえば,無駄な大型事業をやめて,それで地域の保育所や老人ホームをつくると,町の土建屋さんにもちゃんと仕事が来るようになります。それは失業や中小業者の対策としても,とても効果的なんです。
▽「ムダと環境ハカイ」の影にアメリカあり
どうして,この国はこんなおかしな形になったのか。エッ? 自民党とゼネコンのケッタクだろうって? そのとおり。でも,もう一声ほしいのは,その影にあるアメリカの強力な圧力。
その昔,1945年8月から1952年4月まで,戦争に負けた日本はアメリカ軍に占領されました。知らない人もいるでしょう。学校ではあまり現代史が教えられないから。その7年のあいだに,日本は「アメリカのいいなり」につくられたのです。自民党の結成にもアメリカ政府が深くかかわりました。
アメリカからすれば,この「アジアの子分」は力が強いほうがいい。ヘニョヘニョでは,イザというとき役に立ちません。そこで,日米安保条約で日本に軍事力の強化を義務づけた。日本の軍事費がドンドンのびる秘密の1つは,ここにあります。そして,アメリカの軍事基地もおかせるようにした。さらに,経済については「買ってやるからアメリカに輸出しろ」「そのかわり日本はアジアから買え」「それでアジアをアメリカの味方にひきつけておけ」。こういう仕組みをつくったのです。
▽「ナイジュシュドウ型」にかわりなさい
その仕組みが70年代後半からかわってきます。アメリカの経済がヘバッてきました。そこでカーター大統領は,当時の福田首相に「輸出を減らしてナイジュシュドウ型に」といいました。「内需主導型」。輸出(外需)ではなく,「生産したものを主に国内の需要で消費する経済」にかわりなさいというわけです。福田赳夫首相は,ヘーヘーホーホーといいながら,これを実行に移そうとしました。ここから,大型ゼネコンやりたい放題の時代がはじまります。自民党政府が「内需」をすべて大型公共事業に結びつけたからです。
79年には大手のゼネコン関連企業が集まる「日本プロジェクト産業協議会」がつくられます。そして,公共事業費の不足を埋めるために,大平正芳首相がアーウーといいながら消費税を提案します。81年からは社会保障予算を切り捨てる「行政改革」がはじまります。86年には中曽根首相が「前川レポート」をアメリカに公約します。内容は,「輸出指向」型から「内需主導」型に,経済をもっと本格的に変えるというものでした。その後,公共事業費はドンドン拡大し,89年にはついに消費税も導入されます。
▽小泉首相もかわりなし
89年から90年にはパパ・ブッシュ大統領が「日米構造協議」で,「今後ニッポンは10年で430兆円の公共事業をしなさい」と求めます。水玉ネクタイの海部俊樹首相が,これを受け入れました。さらに村山富市首相が,クリントン大統領の圧力で,金額を630兆円にふやします。後を次いだ橋本龍太郎首相が「10年では無理なので13年にしてください」とアメリカに申し入れます。
小泉純一郎首相のもとで,この計画は形の上では撤回されますが,大型事業は減りません。「都市再生」と名前が変わっただけで,空港づくりは進み,赤字まちがいなしの高速道路建設も継続です。こんな小泉内閣では,保育予算はふえません。経済改革を担当する竹中平蔵大臣は,社会保障を「たかり」といっています。これでいくと,保育所は「たかり」の子どものための施設になります。こんな政治家に1票入れちゃあダメですよ。
▽じゃあいったいどうすれば?
この国にも,保育や社会保障が充実していく時代がありました。大きな役割をはたしたのは1960~70年代の「カクシン自治体」です。共産党と社会党がたくさんの市民と手をつないでつくった「お金の無駄づかいをやめて,それを社会保障に使おう」という,革新タイプの自治体です。その自治体に全国民の40%が住んだ時代があったのです。京都府ではお年寄りの医療費が,なんと無料になりました。
その後,驚いた自民党が社会党をだきこんで,この自治体たちは消えていきます。しかし,市民の熱い願いと,まじめな政党の共同で社会保障を充実させた経験は,今にもいかされなければなりません。この国の主権者は私たちです。子どもたちのしあわせと,「ゆとり」ある生活を願い,保育の充実を政治の転換にむすびつけて,しっかり語っていきましょう。大いに勉強しながら,がんばってください。
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〔質問に答えて〕
①地球環境の温暖化問題や障害者の作業所増設、食品の安全標示など取り組んでいる市民活動家と新しい政治革新を目指している日本共産党の人的交流が必要だと言われました。現状ではどこまで進んでいますか。市民活動家は今の日本政治、経済をどのようにとらえているのでしょうか。
●人間同士の個人的な信頼関係を深めることをふくめた交流の発展が必要だということでした。ご質問の交流が「どこまで進んで」いるかについては,なんともこたえようがありません。どういう回答をイメージされてのご質問でしょう? 地域によって,領域によって,市民運動の特徴によって,実にさまざまなのではないでしょうか。みなさんのまわりではどうですか? それらの人が「日本政治,経済をどのようにとらえて」いるかについても同様です。「市民活動家」というなにかひとかたまりの集団があるわけではないのです。
●それにもかかわらず,この社会にはより良い社会づくりを願うたくさんの市民たちの運動があります。そして,その運動の多くが実りをむすぶためには政治をかえることが必要であり,そのための政治改革のプログラムの広範な共有が必要になります。日本の市民運動にはその政治をかえるという課題の具体化が弱いと指摘したわけです。ただし,それは政党の側に問題がないという意味ではありません。まじめに政治改革を呼びかけている政党の側からも,自分が「正しい」と思う政策を語ることで満足するのでなく,膝をつきわせてさまざまな運動ともっと深く交流する。そういう努力が必要だろうと思っています。「ああ,同じようなことを考えていたのですね」「そんなふうに思っていたのですか」ということを,ハラを割って,安心して話し合える関係づくりが必要だということです。
②奥田ビジョンの東アジアの連携を強化する方針がありますが、東アジアと連携を強化するためにも、靖国参拝や、石原知事のような発言を繰り返すことをやめることが必要と思われます。マハティール氏も同様の趣旨のことを述べられたと記憶しているのですが、どう考えられますか。
③アジアへの大企業の進出を考えている財界ですが、靖国参拝を繰り返す小泉首相は劣等生にならないのですか。
●いずれも今日の講座のテーマですから,講義の内容をつうじて考えてください。ただし,今のところ財界は小泉内閣を強く支持しており,各種の財界本位の改革をさらにスピードアップしていくことを求めています。アジア各国との経済協定についても,「小泉内閣ではダメだ」ではなく,この内閣にもっと「強いリーダーシップの発揮」をもとめています。
●そのうえで,具体的な個々の問題については意見のズレが見られることもあるようです。別途配布の資料で紹介しますが,昨年秋のASEANからの東南アジア平和友好条約締結のよびかけをいったん断った小泉内閣は,年末の会議ではこの条約に参加します。そのあいだに,アメリカの反応をつかむと同時に,財界からの強い働きかけも受けたようです。これはASEANとの経済交流による財界の利益のために,政治を都合よく活用するという一例といっていいのでしょう。
④奥田ビジョンというのは経団連の中でどのような扱いを具体的に受けるのですか。単なるスローガンなのでしょうか。
●何度も紹介していますが,これは奥田氏個人のビジョンではなく,また中味のないスローガンでもありません。文書名は「活力と魅力溢れる日本めざして」で,概要版の冒頭は次のようになっています。「日本経団連は、『多様な価値観が生むダイナミズムと創造』、そしてそれを支える『共感と信頼』を基本的な理念とし、2025年度の日本の姿を念頭においた新ビジョンをとりまとめた」。これは日本経団連としての公式の「提言」であり「活動方針」です。ぜひ,ご自分で日本経団連のサイトを確かめてみてください。 http://www.keidanren.or.jp/indexj.html
⑤現在、政府が押し進めようとし、また奥田ビジョンの中でも強く提案していた"強く能力のある人がむくわれる社会"を押し進めているアメリカでは、実際経済格差が大きくなり、安い労働力として、安易に入れられた英語も話せない外国人が増えていますよね。そのアメリカのような国を日本は目指しているのでしょうか。今のアメリカ社会は、これらの問題にどう対処克服しているのですか。私たちの目指すべき"すばらしい未来像"のモデルになっているのですか。
●まるで「すばらしい」ものでないということを,この講座で語りつづけています。ご質問の中にある「政府」「日本」「私たち」の関係を,もう1度,良く考えてみてください。「政府」による「財界・アメリカいいなり政治」の推進は,「私たち」にとってはまったく受け入れがたいものです。それは,大企業やりたい放題のアメリカ型経済を目ざす「政府」にとっての「すばらしい未来像」と,「私たち」一般市民にとっての「すばらしい未来像」がまるでちがうものであることを意味しています。そのように「日本」の社会には大きな利害の対立があるのです。それは資本主義社会における階級対立を中心とします。現在の「政府」は,「私たち」の願いに反して,「日本」をアメリカ型に改革しようとしています。それに対しては,「私たち」は「政府」の動きを転換して,私たちの望む「日本」をつくろうとしているわけです。
●なおアメリカの貧富の格差や,そのセーフティネットの「低さ」については,私の『現代を探求する経済学』でもふれたことがあります。「『小さな子どもを持つ家族では,3家族に1つが,基本的な食事を取れず,住宅,医療にも困窮している』,これはワシントンの民間シンクタンク経済政策研究所(EPI)が明らかにしたことの一部である。……」(95ページ)。雑誌『経済』でもアメリカの貧困についての論文は掲載されています。バックナンバーをさがして勉強してみてください。
〔京都学習協・第3回現代経済学講座〕
第6講・新しい道を模索するEUとアジア
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
(1)第3回講座のねらいと構成
1)戦後日本経済の発展と到達をアメリカへの従属と依存を重視してとらえた第2回講座の到達点をふまえて,これに,重要な歴史的分岐点における「財界の判断」を付け加えていきたい。あるいはその「判断」にアメリカの意向がどのように反映したのかをとらえていきたい。それは今日の日本の政治経済の「財界・大企業いいなり,アメリカいいなり」の姿をより深く,根本からつかまえようとする作業でもある。
2)全体の構成は次のようになる。
第1講 現代日本の経済社会をどうとらえるか
第2講 グローバリゼーションと市場開放
第3講 『マネー敗戦』と金融ビッグバン
第4講 『日米構造協議』と土建国家
第5講 奥田ビジョンの21世紀戦略
第6講 新しい道を模索するEUとアジア
第7講 日本型資本主義の特異な家族・女性支配
第8講 展望・現代に挑む経済理論
(2)第6講・新しい道を模索するEUとアジア
1)財界とはどういうものか――資料・各団体のHPより
2)論文「財界のアメリカへの従属と過度の依存」(日本共産党『前衛』第774号,2004年3月号)――6・「アメリカ市場への過度の依存から東アジアでの連帯と共同の道へ」
3)コメント「日本経団連の『東アジア自由経済圏』構想」より(山田・石川・牧野『軍事大国化と「構造改革」』学習の友社,2004年)
4)報告「現代の日本経済と『構造改革』」より(山田・石川・牧野『軍事大国化と「構造改革」』学習の友社,2004年)
5)論文メモ「アジアの経済協力と憲法『改正』という逆流」
6)小倉襄二・有沢僚悦・吉野文雄編『EU世界を読む』(世界思想社,2001年)より
7)相澤幸悦『ユーロは世界を変える』(平凡社新書,1999年)より
(3)第2次小泉内閣の発足と財界の反応
1)「小泉改造内閣発足に際しての奥田会長コメント」(2004年9月27日,(社)日本経済団体連合会)
今後は、税・財政・社会保障の一体的改革、郵政改革、三位一体の税財政改革等を推進し、小泉改革の成果を国民に示すことが求められる。小泉総理のリーダーシップの下、政府・与党が一体となって改革に邁進してほしい。
日本経団連としても、改革の推進に向け、引き続き協力していく。
2)新内閣への要望(2004年9月30日,(社)日本経済団体連合会)
日本経済は、不良債権処理や規制改革の推進など、小泉構造改革が成果を上げ始めたことに加え、企業が"守りのリストラ"を終え"攻めの経営戦略"へと軸足を移したことを背景に、安定成長への軌道に戻りつつある。しかしながら、世界経済の動向や原油価格など、依然として不透明な要素があるうえ、地域、あるいは企業の規模によって回復に格差が見られる。
こうしたなか、新たに発足した第二次小泉改造内閣は、税・財政・社会保障などの改革を推進し、その成果を国民に示すことが求められる。小泉総理の掲げる改革方針を全閣僚が共有し、与党と一体となって改革に邁進することを我々は期待するとともに、引き続き小泉内閣に協力していく。
特に、当面優先すべき政策課題は下記の通りである。
記
1・経済活力、国際競争力の強化に向けた税・財政・社会保障制度の一体的改革
2・21世紀にふさわしい独占禁止法への抜本改革
3・環境税や規制的手段ではなく産業界の自主的取組みを重視した地球温暖化対策の推進、原子燃料サイクルの着実な推進とITERの日本誘致
4・一層の行政改革の推進と民間の活力の発揮を促す規制改革・民間開放の推進、科学技術創造立国に向けた基盤整備、都市・住環境の整備、若年層の就労促進・教育改革の推進
5・東アジア自由経済圏の実現に向けた韓国、タイ、フィリピン、マレーシアとの高度かつ包括的な経済連携協定の早期実現
3)「第2次小泉改造内閣の発足にあたって」(2004年9月27日,社団法人 経済同友会代表幹事 北城 恪太郎)
1・今回の内閣改造と自民党役員人事では、自民党内各派閥や公明党へ配慮をしつつも、竹中経済財政担当大臣が郵政改革担当大臣を兼務されるなど、小泉首相の変らぬ改革への意志を示したと思う。
2・小泉首相の残り約2年の任期中は、予定される国政選挙もなく、首相の強いリーダーシップの下で、構造改革の総仕上げを行うに相応しい強力な内閣となることを期待したい。
新改造内閣発足後は速やかに臨時国会を召集し、郵政民営化、三位一体改革、年金問題、政治資金など重要課題について国民に分かりやすい形で、十分に議論されることを期待する。
3・特に、小泉首相自らが最重要課題と公言している郵政民営化については、閣議決定された基本方針に沿って、法案が作成されることを期待する。
また、われわれは与党と内閣の一元化を図るため、政調会長など党有力者が入閣することを求めてきたが、今回も見送られたことは残念である。今後、内閣と与党の「二元構造」を残さないようにすべきである。
4)「記者会見発言要旨」(経済同友会代表幹事・北城恪太郎 代表幹事/渡辺正太郎 副代表幹事・専務理事,2004年10月5日)
自民党役員人事と内閣改造について
北城: 小泉総理は郵政改革を実現する内閣だとおっしゃっているが、構造改革の中で郵政民営化は重要な課題だという方針を出されているのだから、その実現のための内閣と党三役として適切な配置をされたと思う。是非、この内閣で郵政民営化を含めた構造改革を前進させていただきたい。反対意見を持つ人が閣内にいないではないかという議論もあるが、政策を実行するために作った内閣であれば、小泉総理の方針を具現化する体制ができたという意味で評価している。是非、形ばかりの改革にならないような郵政民営化を行っていただきたい。独禁法の改正もそうだが、自民党のマニフェストに明確に書かれている。マニフェストを作る段階で色々議論をして反対があれば、そこで調整をして選挙に臨むべきで、マニフェストに掲げて選挙を戦って国民の支持を得たあとで、それに反対するというのはマニフェストの意味を無くす。マニフェストに書いたことは着実に実行することが政権のなすべきことだ。
渡辺: 各紙の調査で、郵政問題に対する国民の関心度が低いという結果が出ている。政府の説明も足りないし、経済同友会も本の出版を検討している。郵政民営化ではなく郵政問題というべきで、選択肢としては廃止も含めて色々な考えが出されて、最終的に民営化になったが、メディアにも分かりやすく報じてほしい。その結果、郵政問題の関心度が30%くらいに上がれば、いい解決策が出てくるだろう。
北城: 長期的、持続的に経済が発展するために、国が破綻しないために財政規律を確立することが必要であるということが(構造改革の)前提だ。そのための手段として、郵政民営化、三位一体改革、社会保障改革がある。郵政民営化は結局経済問題であり、政府がそういう説明を十分していない。コンビニのように郵便局で色々なものが扱われるようになって便利になるという説明では必要性が理解されない。国民は年金改革、景気対策が重要だと言うが、郵政民営化は景気対策であり、経済発展のために必要な改革なので、政府はもっと国民に分かりやすく話していただいた上で、サービスの拡充という話しをして頂きたい。サービスの向上を前面に出して「だから民営化すべき」ということは、国民の理解を曲げている。
5)「この顔ぶれで狙うもの/第二次小泉改造内閣」(2004年9月28日(火)「しんぶん赤旗」)
27日発足した第二次小泉改造内閣と自民党新三役の顔ぶれからうかがえる狙いはなにかをみてみました。
●改憲シフトくっきり
小泉首相自身が憲法九条の改定を公言し、自民党に改憲案の策定を指示するなど、改憲に大きく踏み出すなかで、自民党新三役、新閣僚の顔ぶれは、改憲シフトというべきものとなりました。
新幹事長の武部勤氏は、二〇〇五年の改憲案策定を首相に進言した山崎拓前副総裁の側近です。新政調会長の与謝野馨氏は自民党憲法調査会の顧問を務め、党基本理念委員会の委員長として、新綱領原案を六月に答申。そのなかで冒頭の第一項に憲法改正、二項に教育基本法改正を明記しました。今年四月の訪米の際の講演で「私は一貫して改憲論者だった」とのべた安倍晋三氏は幹事長代理として残りました。
新閣僚には、自民、公明、民主三党の改憲派議員でつくる「憲法調査推進議員連盟」のメンバーがそろいました。同連盟の幹事長代理の町村信孝氏、役員の尾辻秀久氏のほか、麻生太郎、小池百合子、大野功統、村田吉隆、島村宜伸、村上誠一郎、棚橋泰文、伊藤達也、中山成彬の各氏が入閣しています。
なかでも新防衛庁長官の大野功統氏は二月の衆院予算委員会で、「政治家同士が十分議論して、集団的自衛権のあり方について決めていく。政治のリーダーシップで憲法改正の道筋をつけていくべきだ」と発言。九条改憲を明言しています。
●消費税増税へ「道筋」
消費税増税の〇七年度実施へ道筋をつける姿勢を鮮明にしたのが、谷垣財務相と竹中経済財政担当相の留任です。
小泉首相は「在任中は引き上げない」としつつも、「与野党で早く協議を始めたほうがいい」と増税論議をすすめる姿勢を表明。細田官房長官は最近、任期中にも増税計画を決めることが「あり得る」とのべています。
すでに財界も民主党も〇七年度増税で足並みをそろえているもとで、増税計画にいっそうの拍車をかける姿勢です。
前回の就任時「税率引き上げについて議論を積み重ねていきたい」とのべた谷垣氏は、「歳入と歳出のバランスが必要」などとのべ、「財政再建」を口実にした増税論を展開してきました。
最近も小泉首相に「がんがん前に出ろ。サンドバッグになれ」とハッパをかけられ、今回の就任会見でも「積極的な議論を積み重ねて道筋をつけていく」とのべました。
竹中氏は「消費税は最低でも14%」(『みんなの経済学』)が持論。
社会保障の「財源」について「みんなが少しずつ負担する(のがいい)」と繰り返しのべ、財界人らを集めた「社会保障の在り方に関する懇談会」で、消費税増税の議論を呼びかけています。
財政危機の原因であるムダな公共事業や大企業への減税などにはメスを入れず、庶民増税で穴埋めすることは本末転倒です。大企業などにもヨーロッパ並みに応分の負担を求めれば、消費税に頼らなくても社会保障の財源は生み出せます。
●アジア軽視のタカ派起用
小泉内閣は二〇〇一年四月の発足以来、イラク戦争など無法を繰り返すブッシュ米政権のもとで対米追随をいっそう深める一方、アジア諸国との関係にはきしみがたえません。なにより首相自身の靖国神社参拝が、中国、韓国をはじめとするアジア諸国からきびしい批判をまねき、ことに対中外交では、両国首脳の相互訪問がいまだに実現していません。
こうしたなか、党内きってのタカ派である町村信孝氏の新外相起用が新たな波紋を広げることは必至です。町村氏は森内閣の文部科学相として、日本の侵略戦争を美化し、歴史をゆがめる「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を検定合格としました。
このほか、総務相留任の麻生太郎氏は〇三年六月、「創氏改名は朝鮮人が望んだ」と発言し、歴史をわい曲するものと批判を受けました。環境相留任の小池百合子氏は「歴史教科書問題を考える超党派の会」の役員で、八月十五日に靖国神社を参拝しています。
町村氏は就任の記者会見で「近隣諸国との関係」を外交の重要事項としてあげましたが、それを悪化させてきた首相と新閣僚のもとでは現状打開の見通しはありません。
また小泉首相は、川口順子前外相を外交問題の補佐官、山崎拓自民党前副総裁を特命事項担当の補佐官に任命しました。山崎氏の「特命事項」は明確にされていませんが、米軍再編問題ともいわれています。小泉外交を担ってきた川口氏の起用をみても、対米追随、アジア軽視という小泉内閣のこれまでの外交政策をあらためようとはしていません。
●郵政民営化へ「布陣」
「改革の本丸」と呼ぶ郵政民営化。担当相は、所管大臣ながら民営化の形態について「異論」を唱える麻生総務相ではなく、経済財政諮問会議で主導役を務めた竹中氏をすえ、党内の「反対」派に実施への「決意」を示す形となりました。
しかし、郵政民営化は大銀行や生保にもうけ口を提供するために郵貯や簡保を解体し、郵便サービスも切り下げるもので「改革」どころか改悪そのものです。そのため民営化の目的に疑問を持つ国民が大多数です。
来年度予算で小泉内閣がねらうのが、年金改悪に続く介護保険や生活保護など社会保障の改悪、「三位一体改革」による地方への国庫補助金や地方交付税の削減です。
尾辻厚労相は就任会見で「介護保険見直しは重要課題の一つ」とのべ、給付削減につながる見直しに意欲を示しました。
社会保障の改悪をねらう「社会保障の在り方に関する懇談会」に閣僚から出席している竹中経財相は、団塊の世代を「イナゴ世代」呼ばわりし、その世代が高齢者になることを「厄介者」扱い。福祉切り捨てを公言してはばかりません。
「三位一体改革」をめぐっては今年度、大幅な補助金と交付税削減にたいし自治体が猛反対。税源移譲を「約束」して補助金削減リストを自治体側に出させるまで「修復」したばかり。そのため麻生氏を留任させて地方の支持をつなぎとめる一方で、交付税の財源保障機能の廃止を主張する谷垣氏を財務相に留任。地方財政の切り捨てをすすめたい考えです。
(4)論文「財界のアメリカへの従属と過度の依存」(日本共産党『前衛』第774号,2004年3月号)――6・「アメリカ市場への過度の依存から東アジアでの連帯と共同の道へ」
(5)コメント「日本経団連の『東アジア自由経済圏』構想」より(山田・石川・牧野『軍事大国化と「構造改革」』学習の友社,2004年)
〔悪用される「中国脅威論」〕
日本と東アジアの経済関係に注目された山田さんのご意見も,非常に重要だと思いました。アメリカへの投資が「現地生産」型であるのに対して,東アジアへの投資が「生産ネットワーク」型の特徴を持っている点は,いろいろな立場の人が指摘をしています。また日本経団連は,「奥田ビジョン」の中で,日本の多国籍企業に都合の良い「東アジア自由経済圏」の形成という展望も示しています。
90年代に比べて2000年代の直接投資はかなり縮小しており,またソニー,シャープ,ケンウッドなど一部の大企業が生産拠点をアジアから日本に「回帰」させる動きも出ています。しかし,そういうジグザグはあっても,大きな流れとして,東アジアと日本の経済関係がますます深まっていくことはまちがいありません。
その点で,山田さんもふれている「中国脅威論」の評価をはっきりさせておくことは大切です。中国経済の成長が「競争相手の立ち上がり」という一面をもつのは事実です。しかし,「中国脅威論」が日本経済と国民に対する大企業や政府の責任放棄を免罪する,いわば責任逃れの合理化論として「悪用」されている点は見過ごせません。東アジアへの進出や,現地で生産した製品の「逆輸入」によって,日本の産業や雇用に打撃を与えているのは,節度のない日本大企業であり,中国の成長が自動的に日本経済に被害を与えているわけではありません。
また,日本国内の雇用や生産の停滞は,個人消費の縮小など国内経済政策の失敗を主因としています。最近,『空洞化はまだ起きていない』(NTT出版,2004年)で話題を呼んだ伊丹敬之氏も,国内での設備投資や雇用の「減少の最大の理由」は「国内需要の不振であろう。海外生産の拡大が最大の理由とは思わない」と述べています(15ページ)。大企業の雇用に対する責任を曖昧にしてはなりませんが,ここも冷静に見ておくべき論点です。
〔財界の「東アジア自由経済圏」構想〕
さて,日本経団連の「東アジア自由経済圏」構想ですが,奥田碩『人間を幸福にする経済』(PHP新書,2003年)から,私なりにまとめると要点は次のようになります。
第1に,日本の「国益」のための「積極的な通商政策」を,という立場です。「国益」というのは,実際には日本大企業の利益ということです。「経済圏」に参加する誰もが互いに利益を得られる「win-winの関係」という言葉はありますが,日本や東アジアにくらす市民の利益はどこにも登場しません。これは牧野さんがいわれた,ヨーロッパでは克服された「利潤追求第一主義」の対外面における露骨な表れといえるでしょう。
第2に,「積極的な通商政策」の内容としては,大企業が最適地生産を求めて海外に移動するのを当然視しながら,その上で,進出した相手国での経済活動の「自由」をかかげています。中心は貿易と投資の自由化です。貿易の自由化には農林水産物を例外としないことが強調され,つまり自動車や電機など製造業大企業の利益のために,国内の農林水産業を犠牲にするという姿勢が示されています。
第3に,「経済圏」の目的は,東アジアで活動する企業の世界的な優位性の確保におかれています。この地域を「世界のモノづくりセンター」にすれば,「東アジア企業の世界戦略はより有利」になるというわけです。そのためには,97年の通貨危機のような事態を繰り返さないことが必要だとして,AMF(アジア通貨基金)構想など金融協力の強化が重視されています。
そして第4に,この実現に向けた,日本の「強力なリーダーシップ」が強調されます。東アジアとの「歴史観の共有に向けた努力」が必要だといっていますが,侵略戦争への反省や靖国問題,日本軍「慰安婦」問題といった具体的な事がらには何もふれません。その一方で「平和への建設的貢献」という言葉が出てきます。憲法「改正」への動きとあわせて見れば,この「貢献」が軍事力の活用をも視野にふくめたものであることはまちがいありません。
〔友好と連帯に「支配」をもちこむ日本の動き〕
日本経団連がこの構想に含みこもうとしているのは,ASEANの10ケ国と中国・韓国・日本の「ASEAN+3」です。「経済圏」は,2015年から2020年までに立ち上げたいとしています。この13ケ国の構成は,かつてマレーシアのマハティール首相(当時)が,APEC(アジア太平洋経済協力機構)などをつうじたアメリカの主導性に反発し,「アジアのことはアジア人が決める」と提起したEAEC(東アジア経済協議体)と同じです。しかし,マハティール首相の提起は,特定の国の経済的優位を前提としたものではなく,また国民生活を無視して大企業の利益だけを追求したものでもありませんでした。
その意味では,今回の日本経団連の構想は,マレーシアも大きな役割を果たしているASEAN(東南アジア諸国連合)を中心とした,アジアにおける「連帯・友好」型の共同体づくりに,あらためて「大国主導・経済支配」型の国際関係を持ち込もうとするものになっています。日本政府がアジア各国と個別にむすぶFTA(自由貿易協定)にも,そうした色彩が強くあらわれている点は,報告でふれておきました。
歴史をふりかえると,もともと日本は,アメリカの占領政策のもと,アジア諸国への戦争責任を曖昧にし,戦後賠償も基本的に無賠償としたまま――例外的に賠償4ケ国,準賠償・経済協力等10数ケ国――戦後,アジア諸国との経済交流を再開しています。これが今日にいたる,アジアと日本の長くつづく「きしみ」のもととなっています。そして,60年代後半からのODA(政府開発援助)は,当時の親米的な軍事独裁政権であるインドネシアや韓国に集中しました。
75年にベトナム戦争でアメリカが敗北し,アメリカが日本にアジア支配の「肩代わり」を強めるよう求めてきます。そこに76年の「福田ドクトリン」が登場します。東南アジアと日本のあるべき関係についての,日本側から出された戦後初の将来展望です。日本は軍事大国とならず,東南アジアと世界の平和に貢献すると語って,福田首相はマニラで拍手をあびました。しかし,その言葉の影で,福田内閣は日本の軍事大国化を押し進める日米ガイドライン(78年)を実現していきます。
また,83年には中曽根首相が,米英への戦争は「普通の戦争」だったが,少なくとも対アジア戦争は「侵略」であったと,歴代首相で初めてこれを認めます。その背後には,アジアへの経済進出をスムースに拡大しながら,あわせて政治や安全保障についても影響力を持ちたいという新しい野心がありました。実際,中曽根首相は「シーレーン防衛」への協力要請という形で,東南アジアの安全保障に口をはさんでいきます。
その後も,PKO法にもとづくカンボジアへの自衛隊派遣(92年)など,政治的な影響力を拡げる一方で,日本の首相は,いわばそれとの交換材料であるかのように,表面的な「謝罪」発言をつづけていきます。93年には細川首相が「侵略」を認め,94年には村山首相が「植民地支配と侵略」への反省を語ります。この時期は,日本軍「慰安婦」問題がクローブアップされた時期でもありました。
しかし,その直後,日本国内には大東亜戦争肯定論が大々的に登場し,アメリカとのあいだでは自衛隊の活動範囲を「アジア・太平洋の全域」に広げる日米安保再定義(96年)が行われます。この経過は,山田さんの報告に詳しくあったとおりです。その後の橋本・小渕・小泉首相は,東南アジアの訪問に際してさえ,侵略への反省を口にしなくなります。形式的な「謝罪」の言葉さえ,口にしなくなるわけです。さらに小泉首相は大東亜戦争を肯定する「(日本の)教科書に対して,中国や韓国が批判されるのは自由だが,日本がそれに惑わされることはない」とまで開き直りました。今回の「東アジア自由経済圏」構想は,こうした政治の流れとあわせて理解されねばなりません。純粋の「経済」構想ではないということです。
ただし,この動きは,政治的にも経済的にもアジアからのアメリカの排除につながるものではありません。アジアを「世界のモノづくりセンター」として活用する道は,アメリカの大企業にも開かれています。また,2004年8月16日に発表された在外米軍の再編計画について,アメリカ政府は「アジアでは,米国の関与は今までと同様に強く,攻撃能力はむしろ今以上に強化される」と述べています(「しんぶん赤旗」8月18日)。「東アジア自由経済圏」構想も,アメリカの対アジア政策の枠内に位置づけられるものといえるでしょう。
〔憲法「改正」阻止は全アジアの願い〕
マハティール前首相の著作が,日本でもたくさん出版されています。マハティール氏は,アジアにおける連帯型共同体の発展に向けて,日本経済がリーダーシップを発揮すること,そのためにも早く不況を乗り越え,経済の再生を実現することに強い期待をかけています。それは,少なくない貧困の克服を課題とする東南アジアにとっては,切実な問題であるといってまちがいありません。
著作の中には,かつての軍国主義と今日の日本の軍事問題にふれた文章も含まれます。たとえば『日本人よ。成功の原点に戻れ』(PHP,2004年)で,マハティール氏は,「過去の日本の軍国主義と侵略の歴史」はあるが,「日本はすでにアジアの脅威でなくなって久しい」と語っています。評価が甘く見えるのは,彼なりの政治的配慮のためかも知れません。
しかし,より重要なのは,この軍事問題に関連して「唯一心配なのは,日本の軍備がアメリカに利用されてしまうことだ」と語り,もし日本にアドバイスすることがあるとすれは「それはひとつ」「『アメリカ化』を防ぐこと」だと述べていることです。実に的確であり,明快な指摘です。このマハティール氏の言葉に代表される,日本の経済力への強い期待と,政治・軍事姿勢への深刻な不安は,おそらくアジア各国全体に共通したものといえるでしょう。
アジアの多くの政治指導者をふくむ市民が,日本に求めているのは,対等平等の連帯の精神にもとづいた政治・経済交流の発展であり,大国による侵略や経済支配などではありません。その期待にこたえ,アジアを平和と連帯の一大拠点につくりかえるためにも,自衛隊(日本軍)の軍事派兵を合法化する憲法「改正」は,何としても食い止めなければなりません。それは日本とアジアの全市民に共通の利益となるものです。
(6)報告「現代の日本経済と『構造改革』」より(山田・石川・牧野『軍事大国化と「構造改革」』学習の友社,2004年)
(8)日本企業の海外進出をリアルにとらえる
〔アメリカの世界戦略の下請を基本に〕
プラザ合意以後に,日本企業の海外進出が拡大します。財界の対外的な経済政策については,96年の経済同友会の文書「21世紀初頭の世界の枠組みと日本の役割」が,比較的良くまとまったものになっています。その基本は,アメリカの世界戦略の下請をアジアで積極的に行い,また世界戦略にそって日本市場そのものを対外開放していくというものです。
下請というのは,WTO(世界貿易機構)を軸にした世界経済へのアメリカン・グローバリゼーションの強制を支持し,推進するということです。それはアメリカ大企業が世界各地で自由にもうけることのできる貿易・投資ルールづくりをすすめるものですが,そのルールのもとで日本大企業もアメリカの後ろからコバンザメのようにおこぼれを頂戴していこうと,それを狙ったものです。アメリカは経済成長の急速なアジアの取り込みを重視し,APEC(アジア太平洋経済協力会議)をそうしたルールづくりの場として位置づけました。日本の政財界は,その毎年のAPEC首脳会議でアメリカの路線を推進しようとつとめてきたわけです。
その一方で,同友会の文書は「日本市場のグローバル化」の名で,市場の対外開放を積極的に行うとしています。これはアメリカの要求に屈するという意味合いが強いわけですが,それでもアジア各国の市場開放を実現すれば,国内市場を少々アメリカに奪われても,アジアでの利益拡大でこれを埋め合わせることができる。そのような筋立てになっています。これは,良くいわれる,アメリカが与える世界戦略のもとで,自らの最大限の利益を追求するという日本財界の特徴を典型的にあらわしたものといえるかもしれません。
こうした基本路線に,あらたに自由貿易協定(FTA)の推進が加わるのは,2000年前後のことです。WTOは途上国などの抵抗により,アメリカの思うようには進みませんでした。アジアでもアメリカ主導の「自由化」ではなく,ASEAN諸国を中心とした自前の「ルールづくり」が進んでいきます。そうした状況の中で,アメリカはWTOの推進と並行して,着々と独自の地域協定・2国間協定を広げていました。EUも,かつての植民地諸国を中心に経済援助・協力協定を結び,個別の経済交流を積極的に広げています。その中で,2000年前後になって,日本の財界には,その世界の動きに乗り遅れているという自覚が強まり,シンガポールを皮切りとして,自由貿易協定推進の方針が出てきています。
〔日本大企業の進出先は半数がアメリカ〕
90年代には,大企業の海外進出・多国籍化も進みます。「プラザ合意」以後,特に90年代前半の異常円高は,日本企業の海外進出を促進する大きな条件となりました。経済産業省・厚生労働省・文部科学省『ものづくり白書(製造基盤白書)』(2003年,ぎょうせい)は,この進出が,国内の雇用と生産能力の喪失を生み出したとして,これを「現場力」の低下と表現しています。しかし,政府は,これへの有効な対応策を示してはいません。
ところで,日本大企業の対アジア進出が一時,急速に増加しましたが,それは日本企業にとって,ただちにアジアが最も重要な市場になったということを意味するわけではありません。依然として日本企業にとって最も重要な市場はアメリカで,90年代の海外進出では進出先に占めるアメリカの割合はむしろかなり拡大しています。ここはリアルに見ておく必要があると思いますので,先の『通商白書2003』から,少し数字もあげて紹介しておくことにします。
第1に,日本企業の国内外合計での全売上高に占める,海外地域の売上高の比率です。これでみると,海外市場への依存度は91年度の19.6%から2000年度の30.1%へと,かなり大きく上昇しています。これは,輸出と現地生産の両方をふくむ数字ですが,全体としての海外依存がかなり早い速度で進んでいることはまちがいありません。
この依存先を具体的に見ると,第1位が北米,第2位がアジアとなっています。91年度から2000年度にかけての10年間の変化を見ると,依存先海外市場全体にしめる北米地域の比率が8.9%から13.1%に上昇,アジア地域も3.7%から8.5%へと上昇しています。比較してみると,伸びが大きいのはアジアですが,総量としては依然として北米がアジアの1.5倍となっています。ここでの「北米」がカナダとアメリカの2ケ国であるのに対して,「アジア」には中国や韓国,台湾,香港,ASEAN10ケ国など多くの国が含まれていることにも注意がいります。
第2に,今度は貿易の問題をのぞいて,日本大企業の海外進出・多国籍的展開だけをとりあげてみます。これは96年と2001年の数字の変化ですが,そのあいだに日本の海外直接投資残高(累計金額)は,合計で26兆5259億円から32兆9230億円へとふえています。かなり活発な海外進出が行われたことはまちがいありません。
これも進出先の構成を見てみると,96年から01年にかけて北米が35.8%から49.9%へと全体に占める比率を大きく伸ばし,EUも15.9%から18.4%へと比率を高めています。その一方で,ASEAN4,NIEs,中国の東アジア合計は33.8%から19.2%へと比重を下げているのです。中国はのびていますが,それでも3.5%から4.0%への上昇という程度の数値です。
日本企業の多国籍化というと,最近はアジアや中国への進出がイメージされることが多いようです。たしかに進出の件数については,特に95年前後の超円高期の件数は多かったのですが,1件あたりの規模は大きくなく,進出総額で見れば,むしろアメリカを中心とした北米地域の比重が急速に上がっています。その後,03年の上半期にも,アメリカは国別で最大の投資先となりました(資料104ページ)。
〔中国市場については開拓への期待が高い〕
第3に,海外進出した日本の現地法人がどの地域でどれだけの利益をあげているかを見てみます。90年から2000年の売上高経常利益率の平均を比べてみると,アジア,北米,EUの順となり,ここでは,アジアの利益率が北米を上回っています。北米やEUではゆるされない,低賃金労働力の活用が,おそらくその大きな源泉となっているのでしょう。
ただし,経常利益の実額を見ると,96年まではアジアが高いのですが,アジア通貨危機をへた97年から2000年までは北米の方が高くなっています。
アジアの内部を見ておくと,中国の伸びが急激ですが,それでも2000年時点での税引後利益額は,NIEs4452億円,ASEAN4の2972億円に対して,中国は1606億円にとどまっています。日本企業にとっては,まだ進出先としても利益獲得先としても,中国は大きな比重を占めるにはいたっていません。
第4に,ただし,今後の期待度となると話はだいぶん変わってきます。アジア全体ではなく,中国1国だけでアメリカを上回るという高い期待がでてきます。アンケートの結果ですが,販売先として重要視している市場についての質問では,中国80.6%,アメリカ73.4%,ASEAN7ヶ国58.1%の順となっています。
また今後の開拓市場についての質問では,中国61.7%,ASEAN7ヶ国24.6%,アメリカ20.9%の順となっており,特に中国がアメリカに大きく水をあけています。日本の大企業は中国市場への深く安定的な参入に,強い期待を寄せているわけです。
日本の軍事大国化にかかわる問題については,山田さんの報告にかかわって別に発言したいと思いますが,日本の海外進出と軍事大国化との関係については,こうした実態を的確に踏まえた上で論ずる必要があると思います。
(9)対米依存脱却の道としてのアジアにおける連帯
〔アメリカ離れの自信を深めるEUの経験〕
こうして見てくると「アメリカいいなり」「対米従属」からの日本の脱却は急務です。その脱却の展望ですが,政治的・軍事的従属から抜け出す方法としては,安保条約第10条にもとづいてこれを廃棄し,何よりアメリカへの基地提供の義務をなくして,米軍基地の撤去を実現していくことが本道です。アメリカの抵抗はあるのでしょうが,しかし,国際法上の論理は単純です。
それとは別の問題として,アメリカ市場への過度の依存から抜け出すという対外的な経済関係の転換の問題があるわけです。安保条約第2条の経済協力条項がなくなっても,経済的実態としてアメリカ市場への過度の依存があるかぎり,日本経済がアメリカ政府によって揺さぶれるという関係はなくなりません。容易にアメリカに左右されることのない対外経済関係づくりが必要になるわけです。
その点で,参考になるのはヨーロッパ各国とEU形成の経験です。戦後アメリカはIMF体制のもとで,「ドル特権」をいかした「ドルばらまき」政策をとりました。ヨーロッパ各国の戦後復興も,マーシャル・プランによる「ドルばらまき」をテコとしており,アメリカ市場への深い依存を特徴とします。しかし,その後,ヨーロッパ各国は,長い時間をかけてアメリカへの輸出依存度を引き下げていきます。いまや総輸出に占める対米輸出の比率は,イギリスで15%程度,ドイツやフランスでは10%程度にまで下がっています。それを,ヨーロッパ各国間の相互貿易に,今日でいえばEU内部の域内貿易に振り替えてきたわけです。
そうやってEU各国は経済的な相互依存が深めながら,同時に,各国間の競争条件の「公正」を焦点とした「統一基準」をつくっていきます。統一通貨ユーロの誕生は,各国間の為替変動による経済摩擦の可能性を排除しました。また,EUは「公正」をアメリカのように自由競争に還元することなく,「社会的連帯」を重視した経済社会づくりをすすめています。競争を否定するわけではありませんが,競争は国家市民の生存権保障という土台を掘り崩すものであってはならないという考え方です。
福島清彦『ヨーロッパ型資本主義』(講談社現代新書,2002年)が参考になりますが,2000年12月の首脳会議で,EUは当面のヨーロッパ型「社会モデル」が重視する社会政策の目標を,次の6つにまとめています。よい雇用の創出,雇用の弾力性と安定性のバランスをとる,貧困と差別をなくす,社会的保護の近代化,男女平等,対外関係において相手国の社会政策拡充を重視する,です。
こうして全体としてアメリカ市場への過度の依存をさけながら,それでも十分に経済的にやっていけるという見通しを開いたところに,イラク戦争などでのアメリカに対するドイツ・フランス等の政治的態度と自信が生まれていると思います。このように,ヨーロッパにはアメリカの軍事的・経済的な覇権主義を批判する,新しく力強い流れが生み出されています。
〔アジアに成長している新しい可能性〕
同じ動きは,アジアにもあります。大きな推進力になっているのはASEAN(東南アジア諸国連合)です。ASEANには現在10ケ国が加盟しており,社会主義への道を模索しているベトナムも加わっています。1967年の設立ですが,ベトナム戦争が終わった直後の76年には,早くも経済協力の推進による域内の強化がうたわれました。
その後,92年にはASEAN自由貿易地域(AFTA)の創設が決まり,実際に93年から2000年までの間に域内の貿易は4倍に拡大しています。
最終完成品の販売先としては,いまだにアメリカの比率が大きいのですが,また,97年の通貨危機以後に,むしろアメリカ依存が高まるという現象もあらわれているのですが,長期的にはドルに左右されない安定した対外経済関係づくりが大きな課題とされています。
97年からは「ASEAN+3」を開催しています。「3」というのは中国・韓国・日本のことです。10ケ国だけでは,まだ経済力が弱いので,それを補うためのパワーをこれら3国に求めたということです。その後,中国とASEANは2010年から2段階にわけて自由貿易協定を発足させることで合意しました。これによって東アジアの共同市場は18億人の規模に拡がります。
さらに韓国もASEANとの関係を,21世紀の包括的なパートナーシップに成長させると表明しています。経済協力の緊密化は,互いの平和友好関係を不可欠としますから,それが中国やインドをもふくめて東南アジア友好協力条約(TAC)を拡げる力にもなっているわけです。
〔問われる日本の外交姿勢〕
そのなかで,唯一,顔がアジアを向かず,太平洋の向こうを見つめているのが日本の政府です。東アジア共同市場の発展に向け,ASEAN諸国は日本の経済力に大きな期待をかけています。それは日本にとっても,アメリカ市場への過度の依存を抜け出し,アメリカと対等の関係をつくっていくための格好の条件です。それにもかかわらず,いまの日本はアメリカの顔色ばかりをうかがっています。
だから,すでに有名な語りとなりましたが,マレーシア戦略国際問題研究所のノルディン・ソピー氏は「ASEAN諸国はとても速く前に進んでいるので,日本には,遅れずについてきてほしい」。「日米安保条約が日本にとって重要だということはわかります。しかし,同時に日本は,ほかのことを独立して行うこともできるのです」「それが主権国家の権利なのですから」と,諭すように語っているわけです。
政財界は,シンガポールとの合意を皮切りに,インドネシア,タイ,マレーシア,フィリピン,メキシコなどとの2国間の貿易協定づくりをすすめています。ASEANの主だった国とは,すでに交渉がスタートしているわけです。しかし,問題はその協定の内容であり,協定づくりにおける姿勢なのです。日本側が追求しているのは,ここでも自動車と電気機械という財界主流の利益です。具体的には,相手国に鉱工業製品に対する関税の完全撤廃を求め,それによって自動車とその部品,電気機械とその部品を安く売り込み,また低賃金労働をつかって安い製品の逆輸入をはかるということです。その一方で,相手国へのメリットとして日本側が差し出しているのが農業です。かつてアメリカへの工業製品輸出と引き換えに,農産物輸入の「自由化」をすすめたように,アジアや中南米に対しても同じことをしようとしています。
これらの協定の策定には,直接,財界人がかかわっています。例えばタイとの協定ではその文書を作成する「作業部会」に日本経団連のメンバー枠があり,ここに東芝,トヨタ,東レ,帝人など大企業経営者が6人も入っています。トヨタにとって,タイはアジアで最大の生産拠点です。そこに深い経済的な利害関係をもった多国籍企業の代表者が,国家間の協定づくりに深くかかわり,東アジアにおける共存共栄の観点を欠いた大企業本意の関係を持ち込もうとしています。
こう考えると,日本の政治と外交政策の転換は,日本の経済や国民生活にとって急務であると同時に,アジア経済の民主的な発展にとっても重大課題となっています。国内で連帯の精神が求められるだけでなく,国際社会においても日本には連帯と共同の精神が強く求められています。
(7)論文メモ「アジアの経済協力と憲法『改正』という逆流」
0・報告の趣旨
・憲法「改正」が日本経済の前途にどのような障害を生み出すのか
・アジア経済の現状を考える大局的な歴史観――論文「「世界情勢の発展と『帝国主義』--レーニンの時代と今日」,新日本出版社『経済』第105号,167-177ページ,2004年6月1日
・アメリカへの過度の依存からの脱却という課題にとってのアジアの重要性――論文「財界のアメリカへの従属と過度の依存」,日本共産党『前衛』2004年3月号(774号),141-152ページ,2004年3月1日
1・アジアから日本への警告
1.憲法「改正」が日本経済の今後の発展にあたえる影響
・貿易と資本輸出の傾向
・大切なアジアでのネットワーク――今後への期待の高さ
・平和外交による国際的信頼のもとでこそ日本経済の発展の道が開かれる
2.アジアの期待と警告(マハティールの本からひろう)
・「東アジアにおけるリーダーの役割」を――そのためには「日本のシステムを信じ」「米国型の極端な経済改革」ではなく,「自分の考えで行動してほしい」「『アメリカ化』を防ぐこと」
・日本には「平和憲法」がある「戦争でよい教訓を得た」「唯一心配なのは日本の軍備がアメリカに利用されてしまうこと」「一線を越えると,日本の自衛隊はアメリカ軍と変わりがなくなってしまう」アジアのいくつかを敵視するアメリカのために同盟関係にある日本も敵視され「地域が常に緊張する」
・改憲はマハティールの「心配」を現実のものとすること
・求められているのはアメリカから独立した自主的なリーダーシップであって,さらなる従属ではない――従属の憲法化,平和憲法の実体化こそアジアの期待,友好的交流こそ日本経済発展への条件
※アーミテージ国務副長官「憲法9条は日米同盟の妨げのひとつ」(04年7月21日自民党中川国対委員長との会談で,『産経』7月23日付),「米国は日本に対し,憲法の手続きを踏んだ上で,日本自身が決断することを望んでいる」(『産経』04年8月6日付),パウエル国務長官「憲法9条は検討されるべきだろう」(『朝日』04年8月13日付夕刊)
※アーミテージ報告(02年8月20日)「世界人口の53%が住み,世界経済の25%を占め,アメリカとの間に年間6000億ドル近い貿易をおこなっているアジアは,アメリカの繁栄にとって死活的に重要である」「世界第二位の経済力と十分な装備をもつ有能な軍隊を有し,またアメリカにとって民主的同盟国である日本は,アメリカのアジアへの関与において今後もかなめ石の役割を果たす」
※小泉首相「憲法を改正して,米国と一緒に行動できるようにすべきだ」(04年6月27日党首討論番組で,『毎日』6月28日付)
2・連帯を求めるアジアと支配をめざす財界
1.連帯をつうじて貧困からの脱出をもとめるアジア(マハティールのマレーシアから)
・「隣人を富ませよ」これによって自分の利益が得られることを「啓蒙された自己利益」と呼ぶ,貧困は周辺国や先進国に問題や摩擦を引き起こすことが多い,「アジアは他を貧しくして豊かになることはできない」
・東アジア経済協議体(EAEC,90年12月提案)は「ASEAN+3」として実をむすびつつある,経済的つながりはやがて「平和」につながる
※ASEANの歴史,ノートから
2.アジアに対するアメリカと日本の態度
・最初から中国と韓国は賛成だったが,日本はアメリカの圧力を懸念して反対した,アメリカは反対
・APECは東アジア経済を支配しようとしたが,通貨危機からアジアを救う手助けはしなかった
・APECは加盟国の市場開放だけに焦点をあてている,市場開放には深刻な危機を伴う面もあることがわかった(通貨危機)
・「アジアは初志を貫徹しなければならない」EAEC
3.日本政財界の「東アジア自由経済圏」構想
・日本大企業の国益第一主義
・製造業企業のための貿易と投資の自由化
・世界のモノづくりセンター
・アメリカを排除しない,経済的にも,軍事的にも
・強力なリーダーシップ―――2004夏の経団連フォーラムでの発言も――単純な「経済」構想ではない
※EPA(経済連携協定)の推進という経団連方針「緊急提言」(04年3月16日)――東アジアは「重要戦略地域」――(参考)自動車産業の「アセアン最適」供給体制
※経団連の軍需産業指針,憲法改正への意欲などもいれる。奥田碩「私は会見論者と考えてもらって結構」(フォーラムで『産経』04年7月24日付),山口信夫日商会頭「国民が納得できる憲法のもと,自衛隊も憲法で認められた制度のなかで(海外に)出ていくべきだ」(朝日・読売,04年7月7日付)
※帝国主義的発想のひろがりという工藤の指摘――憲法,海外派兵,常任理事国入り
※アーミテージ「国連安保理常任理事国は,国際的利益のために軍事力を展開しなければならない役割も大きい。それができないなら,常任理入りは難しい」(04年7月21日,中川自民党国対委員長との会談で,『毎日』04年7月22日夕刊)
・「ASEAN+3」の成否を左右する――マハティールの思いどおりが逆行か
・小泉インタビュー貿易・投資の自由化,政治体制の変化は「財界のリーダーたちの安心感を高めることにもつながります」――誰のためのアジア構想か
・「隣人を富ませて」自らも富む連帯のアジアか,日本大企業の利益第一主義のアジア(ネットワーク)か
※アジアへの経済進出が軍事大国化に直結しているわけではないが(グローバル,アメリカの要請,アメリカへの進出),軍事化が経済交流の障害になるのはまちがいない
※「東アジア自由経済圏」構想はアメリカを排除しない――経団連「緊急提言」の資料5,アメリカとアセアンの「貿易投資枠組み協定」(03年9月)さらに個別のFTAへ
3・戦後の歴史をふりかえって
1.日本とドイツの国際的な信頼度の違い
・植民地支配と侵略の異常さ――台湾50年,朝鮮35年,中国15年,アジア人2000万人,日本人310万人――ヒトラーさえポーランド侵略から6年
・戦後信頼を回復したドイツとの違い――侵略と民族虐殺への厳しい態度を今日も
2.戦後の出発点
・アメリカの「冷戦」戦略とサンフランシスコ講和――ソ連・中国・東南アジアの民族解放闘争に日本を敵対させる,アメリカの単独講和論(軍事基地提供,侵略や植民地支配の責任を不問に付したい日本),賠償責任を極力とらせない,全面講和(南原繁東大総長)は「曲学阿世」(吉田茂)――無賠償にフィリピン等は強硬に反対
・朝鮮戦争での積極的強力
・日米安保条約――交渉は日本の権利ではない(ダレス),天皇はダレスに感謝
・サンフランシスコ会議――55ケ国に招待状,52ケ国参加,南北朝鮮・中国・台湾が招待されず,ビルマ・インドは欠席(アジア民族への戦争責任を棚上げにした会議),ソ連・ポーランド・チェコをのぞく49ケ国が調印――沖縄の切り離し
・同日安保調印,「独立」が同時に「従属」の日に
3.岸内閣の「アジア開発基金」構想
・57年2月岸内閣――戦後12年で開戦時の大臣が首相に
・57年5月東南アジア6ケ国訪問「アジア開発基金」構想を打診――中ソの援助に対抗してアメリカの資金で日本が東南アジア援助を,実現せず
4.戦後賠償の実際
・サ条約にもとづく賠償請求6ケ国,うちラオスとカンボジアは後に放棄
・見返りとしてラオス58年(10億円),カンボジア59年(15億円)に無償供与の経済技術強力協定
・ビルマ(54年11月)賠償2億ドル,経済協力費(借款)5000万ドル
・フィリピン(56年5月)賠償5億5000万ドル,経済協力2億5000万ドル
・インドネシア(58年1月)賠償4億ドル(純粋には2億2300万ドル),借款4億ドル――非同盟の中心国インドネシアとアメリカをつなぐ役割,賠償金をめぐる利権がスカルノ政権の腐敗を助長
・南ベトナム(59年5月)賠償3900万ドル,借款750万ドル――日本軍占領下で100~200万人を餓死させたのは北ベトナムなのに,ジュネーブ協定による南北統一を否定し,南の傀儡政権にてこ入れするもの
・賠償に準じた経済協力,タイ(55年)特別円協定54億円,96億円の借款
※内海愛子『戦後補償から考える日本とアジア』では,準賠償・経済協力など10ケ国となっている(27ページ)
・サ条約は賠償を,1)日本の「存立可能な経済を維持」する範囲で,2)「役務賠償」(現金でなく資本財で)として――「賠償から商売」へ,賠償金は日本企業の手に(現地事業,土木事業も活発に,輸出の増加),岸内閣では特に政治的性格が強まる,50年代後半から東南アジアに進出
5.日韓条約にみる経済援助の実際
・61年5月朴正煕政権樹立,経済建設のための援助を日本にもとめる
・65年日韓条約,無償経済協力3億ドル,有償借款5億ドル(※小林英夫では無償供与3億ドル,有償3億ドル〔有償援助2億ドル,資金協力1億ドル〕,※池明監では無償資金3億ドル,長期低利政府借款2億ドル,商業借款3億ドル以上),締結後10年の分割供与――朴正煕はベトナム派兵によるアメリカの支持取り付けも
・朴正煕は旧満州の軍官学校出身,日本では岸など旧満州系人脈が親韓派として登場し「日韓癒着」をつくりだす
・「日韓条約は,韓国国民を銃剣で押えつけて妥結されたもの」,その資金をめぐって日本財界はしのぎを削った,プラント輸出,合弁企業,リベート,日本経済への依存度の高まり
※ここにODA問題を――65年の黒字化を転機に,自動的に支配の手段とはいえないが,改革の余地は依然として大きい
4・日本における「脱植民地」の不在
1.戦争中の東アジア
・東南アジア10ケ国はタイ以外が植民地,朝鮮・台湾も植民地,中国は半植民地のうえに日本の侵略を受ける,すべての国が独立,脱植民地化・植民地型帝国主義支配からの脱却
・「帝国主義の時代」からの前進――独占資本主義の侵略性を抑止する平等・互恵の民主的国際秩序づくりの段階へ,西側の支配(マハティール),西側の内部に「新しい植民地主義」か国連中心主義かの相違があらわれている
・ファビウス前蔵相「貧しい国」との連携こそ,EUと加盟国の途上国援助はOECD全体の55.3%――※石川論文を参照させて
2.日本における「脱植民地」の不在(荒井信一)
・列強の植民地支配の崩壊には本国の側にも苦痛に満ちた過程があった,フランス,イギリス,オランダも――※石川論文のフランスを参照させる
・日本にはその苦痛の過程がない――極端に軍事力に依存した植民地支配だったために,軍事力の崩壊とともに植民地支配が崩壊している,植民地支配者としての意識がそのまま残っている,麻生「創氏改名」発言など
・サ条約では領土権の放棄・請求権の放棄だけが規定されている,イタリアには細かい植民地支配の清算が規定されている,アジア不在の講和と深く関連,国籍の奪い取りも(他では当人に選択させる)
3.90年代の謝罪と開きなおり(ノートから)
・福田ドクトリン,中曽根「侵略」,細川・村山,しかし軍事力強化,96年日米安保再定義,橋本からは謝らない,小泉の開きなおり,そのうえに「東アジア自由経済圏」構想がある
・「戦後50年国会決議」(95年)――「韓国日報」「心から反省し,謝罪しようとする真実さがまったく見えてこない」
5.憲法「改正」はアジアの経済協力の逆流
・平和にとっての脅威
・日本とアジアの健全な経済発展の障害をつくるもの――中国やアジアの成長は「脅威」ではなく新しい市場の拡大(中国脅威論批判),それらの国との友好関係の中でこそ「啓蒙された自己利益」の獲得が可能になる,アジアの貧困の克服も
・マハティール「最大の危機」は自信の喪失,日本の改革の運動にとっても学ぶべき指摘
・盧武鉉演説「どうすればわれわれが平和と繁栄の北東アジア秩序を主導的に築いていけるのか,それをどのように韓国国民の誇りと自負心にするのか」,同じ気構えが日本の政治と主権者であるわれわれ一人一人に求められている
・世界とアジアの平和と繁栄への貢献こそ,日本経済の発展への道,憲法擁護の広い統一した声を
(8)小倉襄二・有沢僚悦・吉野文雄編『EU世界を読む』(世界思想社,2001年)より
1)長谷川重四郎「EU統合への経緯」
・「1953年7月,フランス,西ドイツ,イタリア,ベネルクス3国の6ケ国を加盟国として,『欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)』が誕生した。ECSCは史上例を見ない超国家性をもつ共同最高機関が管理するものであり,ドイツの基幹産業と軍事力を国際社会のなかに取り込むことによって,これを管理しようという役割を担うねらいももっていた」(19ページ)
2)増田正「EU統合の将来」
・EU統合の目的「まず,最も重要な目的は,不戦共同体としてヨーロッパに平和を実現することである。……EC/EUの成立を遡って考えれば,戦争につながる石炭と鉄鋼を共同管理しようとする欧州石炭鉄鋼共同体から発展したものであるから」「第二に,政治統合や共通安全保障体制の確立によって,ヨーロッパ全体の国際的発言力を強化することである。……ソ連崩壊後,唯一の超大国となったアメリカを単独で牽制できる国は存在しない」「第三に,シュペングラーの『西洋の没落』に象徴されるヨーロッパの相対的地盤沈下を食い止め,活力あるヨーロッパを実現しようとする経済的動機である。単一欧州議定書に規定された単一市場(域内市場)や,11ケ国で導入された単一通貨『ユーロ』等に代表される経済的効率性の追求が背景にある。これは対内的な自由主義の拡大を意味する。その一方で,覇権国家としてしばしば過度の自由主義化を主張するアメリカに対して,ヨーロッパの社会的条件を理由として自立的な地域経済圏を構築するというねらいもあるだろう」(44~45ページ)
3)今野昌信「EU戦略」
・「58年に欧州経済共同体が発足した当時は世界貿易に占めるシェアは21.7%にすぎなかったが,69年には31.1%にまで上昇した。また58年から69年までに域内貿易は年平均16%の伸びを示した」(60ページ)
4)吉野文雄「アジアから見たEU」
・「ASEM〔アジア欧州会合〕には二つの主要な目的があった。第一は,アジアとヨーロッパの経済関係を促進することであり,第二は,アジアとヨーロッパの指導者の直接的かつ個人的なつながりを強めることであった。しかし,アジアとヨーロッパの歴史的な関係を考えるとき,より大きな意義がASEMにはあった。すなわち,両地域はかつての植民地時代の残滓を清算し,誤解と不信を払拭せねばならないと考えており,経済のみならず政治的な重要性があったのである」「米国も潜在的にASEMを誕生させる契機となった。EUは,1980年代に構造協議を米国から申し出られたが拒否した経緯がある。日本はこれを受け入れ1989年に日米構造協議が決着した。……米国をはねつけ,孤高の道を歩んでいるように見えたEUは,アメリカをパートナーとすることを選択したのである」(89~90ページ)
(9)相澤幸悦『ユーロは世界を変える』(平凡社新書,1999年)より
・欧州経済共同体の設立「この提案の背景には,一方では敗戦国である旧西ドイツに一方的な制約を課すことは無意味なことであるが,他方では完全に独立した旧西ドイツというのもヨーロッパの平和に対する潜在的な脅威であるという,相反する認識があった。
このジレンマを解決する唯一の方法が,当時,軍事産業に不可欠であった鉄鋼と石炭生産の管理を超国家機関に移譲させることであった。潜在的軍事産業である重化学工業を共同の監視下におき,旧西ドイツを西欧諸国のグループの中に政治的にも経済的にもしっかりとつなぎとめておく,ということである」(21ページ)
・「通貨統合を最初に明確に提示したのは,1970年に発表されたウェルナー報告であった。その後,国際金融危機が生じて,この報告の内容が具体化することはなかったか,その考え方の基本は79年に,通貨安定のためのシステムである欧州通貨制度(EMS)として実現した。EMSは80年代に,ヨーロッパ通貨の安定のために大きな役割を果たした。
89年4月には,当時のEC委員会のドロール委員長を座長とする『ドロール報告』で通貨統合の道すじが具体的に提起された。そして,ついに91年,通貨統合をめざすマーストリヒト条約が合意された」(29~30ページ)
・「従来,EUの共通通貨として欧州通貨単位(ECU)というものがつかわれてきた。しかし,これはあくまで計算上の通貨であり,ほんものの通貨であるユーロとは質的に異なるものであった。ユーロ通貨は,フェーズAからCまでの3段階で登場する。
ECUというのは,為替相場を安定させるために1978年に設立された欧州通貨制度(EMS)の中心をなすものであり,参加する各国の通貨をそれぞれの経済力などに応じてウェイトづけして計算された,複合通貨単位(バスケット通貨)であった。
バスケット通貨というのは,参加する通貨を籠(バスケット)に入れたものである。籠に入れる比率は,参加国の貿易高などによって決められた。イタリア,フランス,ドイツの3カ国通貨が入っている場合,貿易高によるその比率が仮に2割,3割,5割であったとする。イタリア・リラが30%下落したとしても,3ケ国のバスケット通貨は他の2ケ国に変化がなければ6%の下落ですむ。バスケット通貨を採用することによって,極端な為替レートの変動によるリスクをある程度回避できるわけである」(40~41ページ)
・「世界に占めるユーロ圏の輸出のシェアは96年で19.5%(通貨統合参加国域内取引を除く)と,アメリカの14.5%,日本の9.7%をはるかに上回る巨大なものである。貿易規模が大きくなるということは,基本的にそれだけ貿易の決済通貨に占めるユーロの比率が高まっていく可能性があるということにほかならない」(95ページ)
・「アメリカとユーロ圏との決定的違いは,国家であることとたんなる経済圏にすぎないことの差にある。ユーロ圏には,政治統合がなされない限り対外政策を責任を持って対応する大蔵省がなく,大蔵大臣もいない。さらに,参加各国に国家主権が残されているので,財政赤字が垂れ流されていたとしても,それへの制裁を強制的に行うことばできない。ここに経済圏にすぎないユーロ圏の矛盾がある。
さらに重要な問題は,ユーロ圏に強力な国防省がなく,軍事力がないことである。金貨幣の裏付けもないドルが基軸通貨の役割を最終的にはたすことができるのは,有事の際に最終的に頼りになるからである。『有事のドル』といわれるゆえんである。
結局,ユーロがドルと並ぶかあるいは凌駕する基軸通貨になるための最低限必要とされる前提条件は,なんらかのかたちでのヨーロッパ連邦の成立,すなわち政治統合であって,対外政策を担当する外務省・大蔵省・国防省の設立である。
経済的にもユーロが基軸通貨となるのは,かなりきびしい。貿易では,ユーロ圏の規模は大きいものの,アメリカは国内市場が桁違いに大きいということを考慮する必要がある。さらに,たとえば石油などの一次産品の決済でもドルが圧倒的に使用されている」(148~149ページ)
・「アジアでユーロが通貨媒介通貨の地位を占めるようになれば,それこそ,ドルを凌駕する基軸通貨となったということになるが,そうなるとしてもかなり先のことである。日本――アジア――アメリカという経済関係か根本的に変化しない限り,そのようなことはない。もっとも,アジアで円圏ができるというのもそれほど簡単なことではないが」(150ページ)
・「大手生命保険会社7社の99年度のユーロ建て債権投資は,1兆5000億円を超える見込みである。新規の外債投資のじつに半分程度をユーロ建て債権が占める。
日本生命は,98年度中に予定している約1兆円の新規の外債投資のうち9割程度をユーロ建てにしたという。通貨統合以前の98年度上期(4月から9月)には外債を約4700億円積み増したが,このうち8割程度を,ドイツ・マルクなどユーロに変換されることになっている通貨の債権に投資した。
日本生命は,保有する外債に占めるユーロ建て債の比率を98年度末までに従来の約3割から4割に引き上げた。98年3月の時点で外貨建資産のうちドルが8割近くをしめていた。将来的には,ユーロの比率をドルと同程度にまで引き上げるという。
第一生命は,98年3月末に1割強であった欧州債の比率を,9月には2割強いに引き上げた。安田生命は,98年度上期中にドイツ・マルクを中心に1400億円の投資を行い,ドル債は約1000億円売却した。98年度中のユーロ建て債の積み上げ額は,第一生命が2000億~2500億円,住友生命が1000億円弱,三井生命は1200億~1400億円であった」(170ページ)
・「日本はどうやっていけばいいのか。わたしの個人的見解であるが,わが国もそろそろ『アジア連合(AU)』に先立つ『アジア経済共同体(AEC)』のようなものを設立することを真剣に考える時期にきていると思う。
さらに,欧州通貨制度(EMS)のようなアジア通貨制度(AMS),あるいはアジア通貨基金(AMF)とでもいうべきものを設立するための,経済・金融的インフラの整備にとりかかる必要もあるだろう。
もちろん,ユーロ導入でユーロ圏から最終的に追い出されたアメリカは,アジアでも排除されるこのようなシステムを決して認めないであろうが,独自の立場でわが国は,21世紀のビジョンを提示する必要がある。
そのようなシステムがあれば,東アジアのバブル的経済成長,その反動としての通貨・経済危機は生じなかったかもしれないのである。
EUやドイツのように,わが国も自分の頭で21世紀へのビジョンを構築する時期にきているように思われる。21世紀に入ったら,わが国の技術力,中国の経済力,そして,香港・シンガポールの金融市場という三極を中心とする『アジア経済共同体(AEC)』を設立したらどうであろうか。
そこで大前提となるのは,ドイツが戦後一貫して実行してきたように,侵略と戦争犯罪に対しての明確な謝罪や補償を行うことである。心底からそれを実行しなければ,決してアジアの人々は日本を受け入れてはくれない。このことをわれわれは肝に銘じなければならない。くりかえすが,21世紀には日本は,アジアの中でしか生きていくことはできないのである」(185~186ページ)
(10)長坂寿久『ユーロ・ビッグバンと日本のゆくえ』(集英社新書,2000年)より
・「ユーロ相場が〔99年〕3月以降低下してきた理由の一つにはコソボ紛争があった。1999年3月の北大西洋条約機構(NATO)軍のユーゴ空爆開始直後,ユーロはいっそう低下していった。『有事のドル』の構図は変わっていなかったのである。基軸通貨国であるためには,世界に冠たる軍事力が必要だとされているが,ユーロ圏にはアメリカの軍事力に対抗するものがない。それでもユーロは基軸通貨足りうるのか皮と問われたのである」(65ページ)
・「アジアの企業にとっても,ユーロ圏の形成はメリットをもたらしている。シンガポール政府は99年2月に,日本に次いでアジアで2番めのユーロ建て債発行国となった。これまでは国債の発行はニューヨーク市場が中心となってきたが,今後はユーロ市場の形成によって,ユーロ建ての国債の発行も可能となり,経済危機に直面したアジア諸国にとって,資金調達源が多様化することになる」(119~120)
・「ドルが基軸通貨であるのは,アメリカが世界最大の貿易国であるからで,99年以降は,ユーロ圏が世界最大の貿易主体となるため,ユーロ建ての輸出入取引が増加していくだろう。まず,欧州連合(EU)の域内貿易依存度は60%に達するから,この域内貿易はユーロ取引になる。さらに,他の地域とEUとの貿易の大部分はユーロとドルにふり分けられ,ユーロ圏貿易の半分はユーロ建てに移行するとみられる。
アジア通貨はドルにペッグ(固定)これてきたが,97年のアジア通貨危機の教訓の一つはドル・ペッグ制に問題があったことを意味しており,ドル以外の円やユーロもアジア諸国にとって有力な決済通貨となっていくだろう」(158ページ)
・「日本と東南アジアの貿易は深い関係にあるが,日本の対東南アジア貿易の円建て比率は輸出が45.5%,輸入が23.3%と,全体より若干高い程度にとどまっている。世界の貿易に占める日本のプレゼンスに比べ,円取引のシェアは低い。これにたいし,ドイツの対米輸出におけるマルク建て比率は60%強で,日本の15%に比べてはるかに高い」(179ページ)
2004年10月7日(木)……和歌山学習協のみなさんへ。
以下は,10月2日に行われた和歌山学習協の『資本論』第2・3部講座第6回講義に配布したものです。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
〔和歌山『資本論』講座・第2・3部を読む〕
『資本論』ニュース(第6回)
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
〔講師のつぶやき〕
前回のつづきとして,民青同盟の「民主青年新聞」2004年8月23日付に掲載した,「『勝ち組』『負け組』を考える」(下)を載せておきます。(上)が「勝ち組・負け組」論のデタラメさを批判したものであったのに対し,(下)は大量の「負け組」がうまれずにおれない社会をどう変えていくかということに焦点をあてています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(下) 「自分らしく」生きていける社会へ
ヒドすぎる日本の青年雇用対策
先日,ペラペラと雑誌をながめていると,「青年雇用対策――ヨーロッパではどうとりくんでいるか」という文章が目につきました。若い人たちの就労支援に,政府がどれだけ努力をしているかについての国際比較です。『学習の友』(2003年9月号)に宮前忠夫さんが書いていました。読んでみると,日本の政治は本当にダメですね。なんだかガックリとクビが落ちてしまいそうです。内容を少しだけ,紹介しておきましょう。
まず経済協力開発機構(OECD)という長い名前の,世界の先進国たちが集まった団体が,青年の雇用についてヨーロッパの政府は平均よりがんばっているけれど,日本とアメリカの政府は長く平均以下のままだと指摘しているそうです。小泉首相はアメリカの政治が大好きで,竹中大臣はアメリカの経済政策が大好きですが,どうやら,そもそもアメリカをお手本にしている時点で,雇用対策についてはダメダメということです。
もう少し詳しい数字も出てきます。GDP(国内総生産)に対する青年雇用対策費の比較です。むずかしく聞こえますが,ようするにその国の経済の規模に照らして,政府がどれだけの努力を青年の雇用にふりむけているかという比較です。それで見ると,日本は0.003%。なんとフランス0.42%の140分の1なのです。グラフで見ても,限りなくゼロに近い,まったくもって地をはうような数字です。これはもう,日本の政府には,まるでやる気がないということでしょう。その他,ドイツが0.09%,アメリカといっしょにイラク戦争をすすめるイギリスでも0.15%です。日本とヨーロッパの違いはあまりにも明白です。
落ち着いた大人の空気のヨーロッパ
どうしてこんなに日本の政治はヒドイのでしょう。フランスやドイツだって,日本のようにたくさんの大企業があり,大きな財界が活動をしている同じ資本主義の社会です。それにもかかわらず,こんなに大きな違いが生まれるのはなぜなのでしょう。
野村総合研究所のヨーロッパ社長もつとめた福島清彦さんが,『ヨーロッパ型資本主義』(講談社新書,2002年)という本で,アメリカ型資本主義とヨーロッパ型資本主義の違いについて書いています。97年に,当時のアメリカ大統領クリントンは「福祉国家はもう終わった」と述べました。しかし,ヨーロッパ各国は,そのようには考えませんでした。「ヨーロッパの社会モデルは,高いレベルの社会的保護を提供し,社会的対話を重視しており,社会の結束を維持するのに必要な諸活動を支える公共目的の諸サービスを提供している」(2000年12月のEU首脳会議の宣言)。
さらに,同じ会議で,EUは次のような,社会政策にかんする6つの目標を決めました。①よい雇用をもっとたくさんつくること,②雇用の弾力性と安定性のバランスを定めること,③貧困と差別をなくし,社会の包容力を高めること,④社会的保護を近代的なものにすること,⑤男女の平等をすすめること,⑥外国との関係において相手国の社会政策を重視することです。詳しい説明なしにはわかりづらいところもあるでしょうが,それでも,よりくらしやすい社会をつくろうという,ヨーロッパ各国政府の落ち着きというのか,腰のすわった姿勢というのか,その大人の空気はわかってもらえるでしょう。
アメリカやその政策をお手本にする日本の政府は,「すべてを市場にまかせよ」という自由競争野放し型の資本主義をかかげていますが,ヨーロッパ政府は,それとはまったく違った社会をめざしているのです。福祉・教育・生活など,人々のくらしを支える基本問題で,政府と国民が共同でルールをつくる,まともな資本主義の建設です。大量の「負け組」を生みだしながら,それに知らぬ顔を決め込む日本の政府とは大違いです。
野放しの資本主義にルールをあたえる
話が少しむずかしくなりましたが,むずかしくなりついでに,ここで,マルクスの『資本論』を引いておきます。「"大洪水よ,わが亡きあとに来たれ!" これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ,資本は,社会によって強制されるのでなければ,労働者の健康と寿命にたいし,なんらの顧慮も払わない」(第1部,原ページ285)。
働くものの生活ぶりなど資本は何も気にするものではない,もし,資本がそれを気にかけるとすれば,それは社会によって強制されたときだけだというわけです。この資本主義のとらえ方が,いまの私たちにはとても大切になっていると思います。そのまま野放しにしておくと,資本はいろいろな弊害をもたらします。だから,それを国民の力で適切にコントロールしなければなりません。活き活きと生産力を発展させる資本の活力を大切にしながら,しかし,それが「過労死」を生んだり,働くものを使い捨てたり,環境破壊をするような場合には,社会がストップをかけなければならないというわけです。そうやって,法律や政府の指導で資本に民主的なルールを強制するなら,資本主義の枠内においても,よりまともな社会づくりが可能になるというわけです。
ヨーロッパ型とアメリカ型の違いには,おそらく政財界の力の強さとともに,この資本をコントロールする国民の力の成熟度が,大きなかかわりをもっています。労働運動や市民運動の強さとかしこさ,全体としての国民の高い政治意識やお互いの基本的人権を守ろうとする連帯の精神,こうしたものがヨーロッパ資本主義のより進んだ部分を支える力になっていると思うのです。
日本にもルールの豊かな民主的社会を
ヨーロッパやILO(国際労働機関)の条約などを参考にしながら,日本にも「ルールある経済社会」をつくっていくことが必要です。それはたんに「必要」なことであるだけでなく,国民の成長と社会の力の強まりによって,必ず切り開かれずにはおれない社会発展のひとつの段階となっています。そこには人間社会の発展法則がつらぬいているのです。若いみなさん方の毎日の取り組みは,その発展を,無駄なく,すみやかに押し進めるという役割を果たしているわけです。
民青同盟でがんばっているみなさんには,その運動の力をより大きく育てるためにも,ぜひ日本共産党の民主的改革の路線を,それこそ腰をすえて,じっくりと,大もとから学んでほしいと思います。そこには,日本にルールある資本主義をつくるための,良く考えられた貴重な政策と運動の提案があるからです。それらをしっかり学ぶことが,みなさん方の力を強める大きなエネルギーを生み出します。この社会をつくりかえる,実力ある運動を築く最大の保障は,なによりも鍛え上げられた一人一人の知性の力です。
毎日のくらしは大変ですが,若い仲間どうし励ましあい,高めあい,成長を喜び合いながら,同時に,政財界からの「勝ち組・負け組」攻撃にはキッパリとした反撃を行い,社会改革の展望をしっかりともって,図太く,したたかいに生きていきましょう。みなさん方の運動のいっそうの活性化を,心から期待しています。
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この夏,3年ゼミ生とともに韓国の「ナヌムの家」を訪れ,日本軍「慰安婦」とされた方の話を聞き,さらに問題解決をこばんでいる日本政府(日本大使館)への抗議行動(水曜集会)に参加してきました。
また,4年ゼミ生とは沖縄を訪れ,琉球大学の学生さんの「平和ガイド」もまじえて,「ひめゆりの塔(資料館)」「首里城」「普天間基地」「沖縄国際大学(米軍ヘリが墜落した)」「嘉手納基地(安保の矛盾が見える丘から)」とまわってきました。
その様子は,いずれも,すでに私のホームページに書きましたが,以下には,「ナヌムの家」で,話をしてくれたハルモニの言葉を紹介しておきたいと思います。
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ホール1Fにもどり,4時10分から,直接,ハルモニの話をうかがう。カン・イルチュル(姜日出)さんが話してくれた。Y嶋さんが,ことばを要約してつたえてくれる。
「学生のみなさんが来てくれたことに感謝します」。「植民地支配の時期に日本語を学んだが,中国で57年くらすうちにすべて忘れてしまった」。
「いまは解放され,日本と韓国は別の国。今後日本の侵略がなければ幸せです」。「若い人の交流はいいこと。日本人に強制されたが,東洋人としては同じ。問題解決のために連帯しましょう」。「小泉首相は好戦的。互いに死ぬことのないように」。
「16才(日本の数え方だと14才)で,『慰安婦』にされた。12人兄弟の末っ子。どこにいくかもわからず,朝鮮北部から中国に連れて行かれた」。「長春まで連れて行かれて,ムン・ピルギ(文必○,いまナヌムの家にいる)と知り合った」。
「さらにハルピンへ行き,ソ連との国境近くのボタンコウ(牡丹江)へいかされた」。 「そこで,北海道出身の日本人女性と知り合った。その女性は解放後も中国でくらし,13年後になくなった」。「その後,彼女の家族は日本へいった」。
「私は『慰安婦』の時に,腸チフスにかかった。伝染病で,当時は特効薬もない」。「患者が山積みにされて火がつけられたが,一番下にいたので助かった」。「キムヨンホという男性が朝鮮独立軍に連絡して,45年6月に自分は救われた」。「腸チフスは針で血を出すなどの治療でなおした」。
「キツリン(吉林)で偶然,さきの北海道の女性と再会した。姉妹のよう思っていた」。「いまもアタマに傷がある。これは兵隊に壁にぶつけられたときの傷。包帯を傷の穴にいれて血をとめた。いまも後遺症で鼻血が出る」。
「延世大学とナヌムの家の共同で2003年にトラウマ・チェックをした。昔の後遺症があるという結果がでた」。「子どものころ学校にいっていた。その頃には勉強のできる子どもだった。いまは頭痛,鼻血ばかり。今日も針を打ってきた」。
「日本へもどったら,私たちのために行動してほしい。日本人も朝鮮人も顔は同じ。お互いが争えば,いまは共倒れになる。争わないでほしい」。「みなさんには感謝する。兵隊は悪かったが,若い人に罪があるとは思っていない」。
「私は2000年3月3日に中国から帰って来た。両親はなくなり,兄弟もほとんど死んでおり,姉1人だけが生きていた」。
「先日,小泉首相とノムヒョン大統領の会談があったが,『過ぎ去った昔のことだ』とでもいいたげだった」。「植民地時代の36年間,米を見たこともないほどの生活だった。謝罪してほしい」。「『慰安婦』問題が未解決だということは,今後に争いの可能性を残すということ。謝罪してほしい」。
「中国からもどったあとで,子どもを呼び寄せた」。「TVなどに出ると,子どもが恥ずかしいというが,それは日本の責任であり,韓国民の考え方の問題」。「小泉首相は戦争の準備をしている。今年も小泉首相は靖国神社に参拝した。これがアジアとの摩擦の火種になる」。
ここで話は一段落し,質疑・応答の時間に入る。お話いただいたことへのお礼を述べ,問題が起こされたのは過去のことだが,その過去を現在の日本政府がどう評価するかについては,若い世代をふくめて現在を生きる日本人全員が責任を負っている,とこちらも語る。
「いままで苦労してやってきた。この状況は悲惨である。あとにつづけたくない」とことばが返ってくる。
つづいて,北海道出身の日本人「慰安婦」と植民地から連行された「慰安婦」に,待遇に違いがあったかを聞いてみる。
「少しちがった。日本人は将校クラスの相手を主にしていた」。「その女性は顔が効いたので,その女性とうまくつきあうことが必要だった。その女性はなぐられなかった」。 「しかし,その女性も,泣きながらくらしていた」。
次に,中国に長くくらしたとのことだが,「慰安婦」であったことにより,中国政府からは生活支援はあったのかと聞いてみる。
「支援はまったくなかった」。
「長春につれていかれたときには,近くに731部隊があった。秘密だったが,何をしているかは,まわりの人にはわかっていた」。
「さきの日本人女性は,もとは事務所ではたらいていた。キップのいい女性だった」。 「その女性は長春で解放軍の病院でなくなった。その時自分はキツリンにおり,会うことができなかった。心残りだ」。
「長く中国にいたが,ソ連と中国は同じ共産主義なのに仲がよくなかった」。
つづいて,学生K下さんが質問する。何がきっかけで韓国にもどりましたか,とまどいはなかったのですか。
「韓国時代の同級生がTV局にワタシをさがしてくれるようにたのんだ。89年にはワタシが中国にいることがわかったようだ」。「そのときにはまだ子どもが小さかったので,2000年になってから帰った」。
「解放後,お金はもらえなかった。自分のもっていたものを朝鮮人にだまされてすべて失った」。「貧しい生活をつづけたが,3年ほどして中国の病院で働くことができるようになった」。「89年からさがしてくれた同級生とは,いまも電話で連絡している」。「中国に残っている孫が,去年,みなさんと同じ大学生になった」。
ここで,ハルモニたちの夕食の時間となる。外にでて,カン・イルチュルさんと記念撮影をする。あわせて学生を代表してT輪さんが,日本からもっていったお菓子を手渡す。
「全部自分で食べる」と冗談をいいながら,カン・イルチュルさんは部屋にもどっていかれた。
お話は貴重であり,内容はじつに重いものだが,その人の温かみに接して,こちらもいくぶん心がなごむ。学生たちも同じであったと想像する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
以下,質問にこたえていきます。質問は表現を変えている場合があります。ご了解ください。
〔質問と感想〕
①いつもノート、ペンを離さないことで、書き留めることがよくわかった。95年に日経連から発表された「新時代の『日本的経営』」がいうようにパートを6割に増やしていけば、企業の人件費は安くあがり、短期的に利潤は増えるが、物づくりの継承者(正規社員が減り、パートの増加による)が途絶え、中長期的には粗悪な物が生産され、売れなくなり、利潤が減っていくのではと思いますが、いかがですか。
●そうですね日本企業が「粗悪品」しかつくれなくなり,海外から,より品質のいい製品が入ってくるとなれば,日本企業のもうけは減っていくのでしょうね。もちろん,そうならないように,個々の企業はそれなりに努力をするのでしょうが,特に,すでに「成績主義」の導入が「ものづくりの力」の継承を失わせている,また,優秀な技術をもった中小企業の倒産が「ものづくりの力」を失わせているといったことは,政財界からも問題視されています。
●そういうバカなことを避け,日本経済の健全な発展を考えるためには,「あとは野となれ」式の無政府的な競争にストップをかけ,そこにルールをつくることが必要です。これは,今日の「つぶやき」で紹介している『資本論』の個所の理解にも重なるところです。
②理解は不十分なのですが、恐慌が生じるのは、最終消費者の購買力をはるかに超える生産が商業資本等が介在することによって行われ、しかも、最終消費者への販売から独立して商品が貨幣に転化されてしまうことにあるといえるのでしょうか?
今日の講義を受け、第3部への興味がそそられました。これまで学んできた、マルクスによる"研究成果"をベースに実社会を読み解く、そして、"真実"はそこにあるにもかかわらず、何故"誤解"されて現実が理解されてしまうのか、そのことを追求する過程には非常に感心があります。第1部、第2部の理解は不十分なものですが、そこに立ち返って勉強し直す意欲もわいてきました。
●恐慌の発生に関する運動論については,上の理解はまちがっていません。さらに,架空の消費によって引き上げられた生産と,現実の最終消費との落差から「恐慌」が発生するという理解を追加すると,基本的にはOKとなります。よく理解されていると思います。
●後半の問題については,やはり「唯物論」の精神が大切なのですね。「唯物論」というと,ことばの意味を知っている人には「あたりえまのこと」と思われがちですが,これをものごとの理解に具体的にいかすのは,なかなかたいへんです。たとえば,私たちは「勉強」というと,誰かの研究成果を学ぶことが多いのですが,じつは,それは現実世界に対する著者の研究成果ではあっても,現実世界そのものではありません。そこで,私たち自身が「唯物論」の精神をつらぬいて,ものごとを自分の力をつかもうとすれば,そうした他人の研究成果に学ぶだけではなく,あわせて現実世界そのものを自分の目で良く見る必要があるわけです。「本を読めばかしこくなる」という考え方は,それだけだとダメなのですね。がんばって勉強をかさねてください。はっきりと問題意識をもって学ぶと生産性があがります。
③第2部に書き加えられるハズだった「再生産の攪乱」の概要がよくわかりました。今日は、いろいろな行事が重なっていましたが、テープ受講では、大事なところが習得できないような気がしたので、この資本論講座の受講を選びました。この恐慌論は、私も「原因」を「可能性」ととりちがえて理解していたので、今回は、そこをしっかりつかんで帰りたいという執念で参加しました。マルクスの研究、分析のやり方が、現実の説明までやり切って完成としている徹底したやり方、すごいなぁと思った。
●テープ受講には「繰り返し聞くことができる」という便利さと,「ホワイトボードが見えない」という不便さがありますね。さらに,テープは便利だが,テープを聞く時間がとれないという問題もありそうです。私も,案外,他の方の講演テープをためこんでしまったりするのですね。とはいえ,生活条件には個人差がありますから,これからも適当に判断されていってください。
④現象を分析して本質へ。さらに進んで現実世界に戻って解明するという、マルクスの研究方法が極めて重要なことだとわかった。資本家が利潤を上げるために、不変資本を節約しようとすることと関連して、先日の関電の美浜原発の配管による事故を想起しました。
●マルクスの研究方法は,本当に徹底していますよね。複雑で多面的な資本主義をどう理解するか,さらに歴史的にどんどん姿を変えていく資本主義をどう理解するか,これは一般的に「認識論」の課題になるものです。複雑な現実をバラバラにして,さらに運動をとめて分析することで「こと足れり」とするのでない,「弁証法的な認識論」ですね。マルクスはその「複雑に関連し発展するもの」の認識論を,資本主義的生産様式への認識という具体的な内容をもって描いたわけです。ですから,レーニンは,マルクスは『資本論』という『論理学』(認識論)を残したなどともいうわけですね。
●マルクスの研究の方法についての研究というのも,たくさんあります。妙にヘーゲルにひきつけてしまったおかしなものも少なくないのですが,たとえば,井尻正二・工藤章『社会科学と自然科学の方法』(大月書店)は,勉強になる本ですね。たくさんの事実を,まずは五感をつかって分析していくということが強調されています。これに対して不破さんは,実際のマルクスは,まずたくさんの現実に挑むのではなく,先に先行研究をしっかりと学び,そこでうまれた問題意識からねらいをつけて現実のある部分に挑んでいるといっています。どちらも面白いところです。
●不変資本の節約については,そのとおりですね。原発の場合には,被害が工場内の労働者に止まらず,広範な住民に害悪を及ぼし,さらには設備そのものを破壊して自分の儲け口までなくす可能性があるわけです。そう考えると「不変資本を節約」しようとする資本の衝動がもたらす社会的害悪は,自己の破滅の可能性もふくめて,ますます大きくなっているわけですね。
⑤日本人の睡眠時間が短縮しているとのこと、労働者の健康破壊が心配。
●本当ですね。「働きすぎ」ではなく,「働かされすぎ」に「NO!」を突きつける力が必要です。プロ野球選手会の闘いのように,働くものが団結して,経営者にキッパリと「自己主張」をする。そういう姿勢が必要ですね。
〔今日の講義の流れ〕
1)「講師のつぶやき/質問にこたえて」(~1時45分)
◇意見,質問へのコメント。
2)第3部第2篇「利潤の平均利潤への転化」(1時45分~2時20分)
・第2部の課題――第6冊15~20
◇第8章「異なる生産諸部門における資本の構成の相違とその結果生じる利潤率の相違」
◇第9章「一般的利潤率(平均利潤率)の形成と商品価値の生産価格への転化
・平均利潤率が形成される仕組み――第6冊27~31
3)第2篇つづき(2時30分~3時20分)
◇第10章「競争による一般的利潤率の均等化。市場価格と市場価値。超過利潤」
◇第11章「生産価格にたいする労賃の一般的変動の影響」
◇第12章「補遺」
4)第3篇「利潤率の傾向的低下の法則」(3時30分~4時20分)
◇第13章「この法則そのもの」
◇第14章「反対に作用する諸要因」
・「反対に作用する要因」の新しい歴史的展開――第6冊75~77
・この法則への疑問――第6冊78~84
◇第15章「この法則の内的諸矛盾の展開」
・恐慌論として読む――第6冊85~87
5)補足と質疑(4時30分~5時00分)
・補論・マルクスによる第3部の概要説明――第5冊282~291(前回配布)
・第1~3篇をふりかえって――第6冊94~95
2004年10月2日(土)……京都学習協のみなさんへ。
以下は,9月19日に行われた京都学習協・現代経済学講座の第5回講義に配布したものです。
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〔京都学習協・第3回現代経済学講座〕
講師のつぶやき(第5回)
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
〔講師のつぶやき〕
この9月6日から9日まで,大学の3年のゼミ生たちと韓国へいってきました。6日の夜にソウルに入り,7日の午前中から「ナヌムの家」に移動,「ナヌムの家」で一泊して,8日はソウルの日本大使館前で「水曜集会」とよばれる抗議集会に参加,9日の昼過ぎには日本にもどるという強行軍でした
「ナヌムの家」というのは,かつて日本軍に性奴隷(「従軍慰安婦」)を強制された人たちが共同で生活をしている施設です。「日本軍『慰安婦』歴史館」が併設されており,今回はその歴史館を見学することと,実際に「慰安婦」とされたハルモニ(おばあさん)の話を聞くこと,そして,問題解決の姿勢をもたない日本政府に対して抗議をすることを課題としてきました。
あらためて日本による朝鮮侵略と植民地支配の歴史,さらには中国から東南アジアへ,太平洋地域へという侵略戦争の歴史を学び,また,その「戦後処理」がはらんだ重大な問題について学びました。
アメリカによる対日占領政策は,侵略戦争による被害の「戦後補償」を日本にさせずに,その国力・経済力をアメリカの従属国としてフルに活用するというものでした。その結果,戦後の日本は戦争への反省と謝罪をあいまいにしたままに,再び,アジアとの経済交流を再開します。
韓国との戦後補償問題は,65年の「日韓条約」によって決着がついたものとされます。当時の韓国は軍事独裁政権で,この政権は政権維持のために日本から援助を求め,日本政府はそれを利用する形で戦後補償の「決着」をつけていきました。
1980年代にうまれた若い学生たちは,過去の日本の政治に直接責任を負うことはできません。しかし,過去の政治を現在の政府がどう解釈するかは,現代の問題です。侵略戦争の歴史,「慰安婦」問題,戦後補償に現在の政府がどういう態度をとるかは,21世紀日本の大問題です。
同じ9月8日の「水曜集会」に日本から弁護士さんのグループが来ていました。彼らは日本国憲法の「改正」,特に9条「改正」の危険を訴えにきていました。戦後補償もせず,戦争についての謝罪も反省もあいまいにしたまま戦後をすごしてきた日本が,ついに「平和憲法」を捨て去ろうとする。これは,東アジアにおける帝国主義・大国支配からの脱却という戦後の歴史に重大な逆流をつくるものとなります。
この国をこれ以上,世界史の逆流としないためにも,民主的な改革を求める私たちの知恵と力を大きく育て,目に見える活動の急速な展開に役立てたいものです。
韓国旅行の「報告」は,私のホームページで行っていますが,かつて「慰安婦」を強制されたハルモニの言葉を,以下,紹介しておきます。
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ホール1Fにもどり,4時10分から,直接,ハルモニの話をうかがう。カン・イルチュル(姜日出)さんが話してくれた。Y嶋さんが,ことばを要約してつたえてくれる。
「学生のみなさんが来てくれたことに感謝します」。「植民地支配の時期に日本語を学んだが,中国で57年くらすうちにすべて忘れてしまった」。
「いまは解放され,日本と韓国は別の国。今後日本の侵略がなければ幸せです」。「若い人の交流はいいこと。日本人に強制されたが,東洋人としては同じ。問題解決のために連帯しましょう」。「小泉首相は好戦的。互いに死ぬことのないように」。
「16才(日本の数え方だと14才)で,『慰安婦』にされた。12人兄弟の末っ子。どこにいくかもわからず,朝鮮北部から中国に連れて行かれた」。「長春まで連れて行かれて,ムン・ピルギ(文必○,いまナヌムの家にいる)と知り合った」。
「さらにハルピンへ行き,ソ連との国境近くのボタンコウ(牡丹江)へいかされた」。 「そこで,北海道出身の日本人女性と知り合った。その女性は解放後も中国でくらし,13年後になくなった」。「その後,彼女の家族は日本へいった」。
「私は『慰安婦』の時に,腸チフスにかかった。伝染病で,当時は特効薬もない」。「患者が山積みにされて火がつけられたが,一番下にいたので助かった」。「キムヨンホという男性が朝鮮独立軍に連絡して,45年6月に自分は救われた」。「腸チフスは針で血を出すなどの治療でなおした」。
「キツリン(吉林)で偶然,さきの北海道の女性と再会した。姉妹のよう思っていた」。「いまもアタマに傷がある。これは兵隊に壁にぶつけられたときの傷。包帯を傷の穴にいれて血をとめた。いまも後遺症で鼻血が出る」。
「延世大学とナヌムの家の共同で2003年にトラウマ・チェックをした。昔の後遺症があるという結果がでた」。「子どものころ学校にいっていた。その頃には勉強のできる子どもだった。いまは頭痛,鼻血ばかり。今日も針を打ってきた」。
「日本へもどったら,私たちのために行動してほしい。日本人も朝鮮人も顔は同じ。お互いが争えば,いまは共倒れになる。争わないでほしい」。「みなさんには感謝する。兵隊は悪かったが,若い人に罪があるとは思っていない」。
「私は2000年3月3日に中国から帰って来た。両親はなくなり,兄弟もほとんど死んでおり,姉1人だけが生きていた」。
「先日,小泉首相とノムヒョン大統領の会談があったが,『過ぎ去った昔のことだ』とでもいいたげだった」。「植民地時代の36年間,米を見たこともないほどの生活だった。謝罪してほしい」。「『慰安婦』問題が未解決だということは,今後に争いの可能性を残すということ。謝罪してほしい」。
「中国からもどったあとで,子どもを呼び寄せた」。「TVなどに出ると,子どもが恥ずかしいというが,それは日本の責任であり,韓国民の考え方の問題」。「小泉首相は戦争の準備をしている。今年も小泉首相は靖国神社に参拝した。これがアジアとの摩擦の火種になる」。
ここで話は一段落し,質疑・応答の時間に入る。お話いただいたことへのお礼を述べ,問題が起こされたのは過去のことだが,その過去を現在の日本政府がどう評価するかについては,若い世代をふくめて現在を生きる日本人全員が責任を負っている,とこちらも語る。
「いままで苦労してやってきた。この状況は悲惨である。あとにつづけたくない」とことばが返ってくる。
つづいて,北海道出身の日本人「慰安婦」と植民地から連行された「慰安婦」に,待遇に違いがあったかを聞いてみる。
「少しちがった。日本人は将校クラスの相手を主にしていた」。「その女性は顔が効いたので,その女性とうまくつきあうことが必要だった。その女性はなぐられなかった」。 「しかし,その女性も,泣きながらくらしていた」。
次に,中国に長くくらしたとのことだが,「慰安婦」であったことにより,中国政府からは生活支援はあったのかと聞いてみる。
「支援はまったくなかった」。
「長春につれていかれたときには,近くに731部隊があった。秘密だったが,何をしているかは,まわりの人にはわかっていた」。
「さきの日本人女性は,もとは事務所ではたらいていた。キップのいい女性だった」。 「その女性は長春で解放軍の病院でなくなった。その時自分はキツリンにおり,会うことができなかった。心残りだ」。
「長く中国にいたが,ソ連と中国は同じ共産主義なのに仲がよくなかった」。
つづいて,学生K下さんが質問する。何がきっかけで韓国にもどりましたか,とまどいはなかったのですか。
「韓国時代の同級生がTV局にワタシをさがしてくれるようにたのんだ。89年にはワタシが中国にいることがわかったようだ」。「そのときにはまだ子どもが小さかったので,2000年になってから帰った」。
「解放後,お金はもらえなかった。自分のもっていたものを朝鮮人にだまされてすべて失った」。「貧しい生活をつづけたが,3年ほどして中国の病院で働くことができるようになった」。「89年からさがしてくれた同級生とは,いまも電話で連絡している」。「中国に残っている孫が,去年,みなさんと同じ大学生になった」。
ここで,ハルモニたちの夕食の時間となる。外にでて,カン・イルチュルさんと記念撮影をする。あわせて学生を代表してT輪さんが,日本からもっていったお菓子を手渡す。
「全部自分で食べる」と冗談をいいながら,カン・イルチュルさんは部屋にもどっていかれた。
お話は貴重であり,内容はじつに重いものだが,その人の温かみに接して,こちらもいくぶん心がなごむ。学生たちも同じであったと想像する。
――――――――――――――――――――――――――――――――
以下,質問にこたえていきます。質問は表現を変えている場合があります。ご了解ください。
〔質問に答えて〕
①経団連と経済同友会の対立のその後の展開と、新経団連内部での力関係や今後について教えてください。(財界内部の意見対立はひとつの組織の中でどうなっているのか。またその動きと関連して自民党、民主党、公明党の関係について教えてください)
●経団連の会長がふたたび鉄鋼(今井敬氏)から自動車(奥田碩氏)にもどり,経団連の全体的な路線は「改革」推進へと変化したようです。その後,98年春のような経団連と同友会との対立は継続していません。もっとも,財界内部の対立については闇の中です。いずれも問題が外にあらわれて初めて明らかになるというところでしょうか。政党との関係も,ここの団体や産業があの政党と直結しているという機械的なものではありません。内部に対立をかかえた財界の「総意」が,それにふさわしい政治を自民であれ,公明であれ,民主であれ,必要に応じてかかえていくということです。毎日の新聞を読むときに,財界人の発言,財界と政党のかかわりなどに注目してみてください。
②ゼネコンは現在の「竹中路線」の中で弱きがつぶれ、強きは海外進出ということになるのでしょうか。
●ゼネコンについては,講義でお話しましたが,スーパーゼネコンは公共事業費総額が削減になっても,自分たちの利益は減らさないという策をもって動いています。「竹中路線」は大型ゼネコンであれば,自動的に経営不振でも「保護」するという路線ではありませんが,全体として,温存される「無駄と環境破壊の公共事業」においても,中小業者への最大限の犠牲の転嫁が行われています。すでに紹介しましたが,竹中氏は「海の国」が主導権をにぎったうえで,「山の国」をつぶすのではなく,「山の国」を糾合するといっていました。現実はそのように動いているように見えます。
●海外進出の問題については,次回のテーマとなっています。
③国土の16%がリゾート地に指定される馬鹿馬鹿しさをマスコミ等はどう論じられたのでしょうか。どう考えても、道理もなくその背後の関係(アメリカの圧力)を論じなくてはならないはずなのに、と思うのですが。
●古い新聞が保管されている図書館などで,ぜひご自分で確かめられてください。私の手元にはありません。なお,マスコミに問題があるのは古くから指摘されてきたことですが,問われているのは「そのような状況のなかで私たちはどうするべきか」です。
④日本こそがアメリカの新植民地主義のもっともうまくいった成功例のひとつなのではないですか? たかられる奴とたかる奴。切りたくても切れない仲ってかんじですか?
●「新植民地主義」という概念が適当であるかどうかはわかりません。しかし,日本がアメリカに対する事実上の従属国であるのは確かです。今回の講座は,その日米関係を,経済問題を中心に,具体的にとらえることを課題にしています。日本が発達した資本主義国であるにもかかわらず,アメリカに従属した国だという解明は,すでに50年近くも前からあるものです。私たちに必要なのは,その一般論を確認することではなく,具体的な今日的な内容を正確にとらえることです。
⑤日本にしろ、アメリカにしろここまでふくらんだ財政赤字を解消する健全な方法を先生ならどう提案されますか?
●すでにいろいろな提案が出されている問題です。税収をふやすこと,無駄な支出をへらすことが,基本になります。税収増については,景気を回復することと,大企業・高額所得者の優遇を削ること,支出減については,公共事業費と軍事費の削減が柱となります。毎回の選挙でもよく議論されていることですし,共産党などはかなりまとまった政策を試算をしながら,いつも出しています。もう一度,復習してみてください。
⑥財政赤字700兆円の今、財政破綻(円の暴落、国債の暴落)は逼迫した問題なのですか? どのくらいヤバイのですか? アメリカは日本をこんな借金まみれの「土建国家」にしてしまって、今、アメリカは日本をどのようにみているのでしょうか?
●「どのくらい」というところがむずかしいところですが,ようするに「国債を買っても日本政府には返す力がない」,そう判断された瞬間に,誰も国債は買わなくなるということです。それを大企業がどの段階で行うのか,どうやって,いつまでそれを避けようとするのか,あるいはどれだけの増税でうめようとするのかについては,机の上で予想をしても仕方のないことです。
●アメリカが「日本をどのようにみている」かというのは,この講座の全体が問題にしていることです。ご自分では,どのように考えられますか? いままで学んだことをいかして,ご自分のあたまで整理してみてください。みなさん自身が「考える主体」です。
⑦前段にマル経と近経の話がありましたが、近経派でも、まともに分析すれば、日本のアメリカへの従属ぶりは認めるのではないのでしょうか。
●認める人はたくさんいます。また,それは経済の専門家に限りません。しかし,政治は経済や政治についての学者が動かしているわけではありません。大資本の利益を追求する支配層と国民との対立によって動いています。肝心なことは,私たち国民自身がどういう日本をつくりたいか,それを自分で考え,それについての国民的規模での認識の一致をつくっていくことです。マスコミや政党や学者をなげいたところで,世の中は変わってはくれないのですから。
⑧社会保障費(福祉、教育など)が削減されるのは公共事業費が逆立ちだからですね。最後に「自治体が事業執行責任をとる」とうかがったので、「あれ? 国の公共事業費支出はふえてないな」と思いました。さてこの理解に何かぬけていますか。軍事費に回るということですか。
●公共事業費を永遠にふやしつづけるためには,永遠に税収・国債発効をふやしつづけるしかありません。あるいは,国民生活関連予算を永遠に削りつづけるしかありません。そればできないことですから,最近,公共事業費は頭打ちから微減になってきているわけです。
⑨全国知事会に3.2兆円の財政削減案を提案させていますが、今いわれている三位一体改革についても機会があればお話ください。
●〔参考〕2003年9月3日(水)「しんぶん赤旗」/「三位一体の改革」で自治体にどんな影響が?
〈問い〉小泉内閣が地方財政について「三位一体の改革」といっていますが、どういうものですか。(長野・一読者)
〈答え〉小泉内閣は、「構造改革」をすすめるといって、国民に様々な"痛み"をおしつけてきました。その柱の一つが「国と地方のあり方」にかかわっての「三位一体の改革」で、これによって、国から地方への財政支出をけずり、自治体と住民サービスを切り捨てていこうというのがねらいです。
「三位一体」とは、(1)国庫補助負担金の廃止・縮減、(2)地方交付税の縮小、(3)地方への税源移譲、の三つを一体でおこなおうというものです。ことしの六月二十七日に閣議決定された、小泉内閣の「骨太の方針第3弾」で、その内容が示されました。
「補助金」は公共事業などを誘導する「ひもつき行政」にも使われ、その改善の要望がだされてきました。しかし、「骨太方針」で「廃止・縮減」の重点にされているのは、保育所運営費や義務教育教員給与の国の負担金など、法令で決められた国の支出についてです。国庫補助負担金の全体をみても、福祉や教育の分野が約八割をしめ、これらの廃止・縮減がねらわれているのです。
「骨太方針」では、引き続き自治体が実施する必要があるものについては税源移譲する、としていますが、それも「八割程度」とか「徹底的な効率化」が前提というものです。結局、地方への財源は削られ、住民サービスの低下につながります。
また、農山村の自治体では、住民や企業など課税対象が少ないため、税源移譲されても、廃止される補助負担金の額に到底およびません。そこで財政力の不均衡を調整し、自治体の財源を保障している地方交付税の役割が重要になりますが、この交付税の機能を逆に縮小するというのですから、自治体が不安を抱くのは当然です。
「三位一体の改革」は、自治体をつぶす市町村合併の押しつけとも結びついています。
⑩「指定管理者制度」が進められる中でPFI方式も比重が高まっていると、別の学習会でありましたが、もう一つPFI方式(しくみ)がわからないのと、企業の側のPFIのメリットは何ですか。
●〔参考〕2002年12月14日(土)「しんぶん赤旗」/コスト削減は根拠薄い/畑野議員議員会館の民間委託
十二日の参院議院運営委員会理事会で、議員会館新設にPFI方式を導入する問題が議論となりました。PFIは公共の事業を民間事業者にゆだねて、財政資金の効率的利用を図るというものです。日本共産党の畑野君枝理事は、検討が不十分だと批判しました。
現在、衆参両院の議員会館新設が問題となっていますが、焦点の一つがPFI方式の導入です。民間に建設・運営をゆだねることで、参院議員会館の場合、2・4%のコスト削減が見込まれるとしています。
ところが、参院が提出した「概要報告書」では、「コスト削減効果は客観的な説明・評価がなされた事例は少ない」とされ、畑野氏はコスト削減効果に疑問を呈しました。
また、畑野氏は「議員会館の運営・管理を民間にゆだねることは、議員の政治活動の自由、安全性からみて、妥当なのか」と指摘しました。
議員会館は国会の施設で、議員による自治委員会の責任で運営されています。ところが、PFI方式による会館運営には、「館内滞在時間の短縮」など、民間事業者による面会者への干渉になりかねない問題も含まれています。
畑野氏は「結局、コスト削減の根拠は乏しく、会館での議員活動に支障が出ないかという危ぐだけが残る」と批判しました
●PFIについては,http://www8.cao.go.jp/pfi/aboutpfi.html に政府による説明があります。関係のページを読んでみてください。これは企業側が発案したものを公共事業として採用するという形になりますから,企業のメリットは,何より「自分のやりたいことができる」ということです。
⑪国、地方自治体、合わせて1,000兆円といわれている、公的債務は今後どのように処理していけばいいのでしょうか。敗戦直後の様な財政の破綻と国民の犠牲が起こるのでしょうか。日本共産党はどんな政策を持っているのでしょうか。
⑫2000年度の公共投資が41兆円。一方、赤字国債は毎年20~30兆円。赤字国債を減らすために公共投資の縮減だけではもはや不可能ではないでしょうか。財政再建の筋道についていい方法はありますか。公共投資が社会保障より多い逆立ちを治すだけでは無理ではないでしょうか。
●(参考)税金の使い方、集め方を国民のくらし第一にきりかえる
税金の使い方を変える歳出の改革――「逆立ち」財政をあらため、予算の主役にくらしと社会保障を……日本は、国民のくらしをささえる社会保障への支出より、大型プロジェクト中心の公共事業が異常に多いという、「逆立ち」した税金の使い方をしています。公共事業は、90年代に50兆円にまで膨らみましたが、財政危機のなかでのムダづかいにたいする国民の強い批判や、デフレの影響もあって40兆円程度(行政投資実績)にまで減少し、社会保障への支出も、高齢者の増加にともなって25兆円程度にまで増えていますが、なお、異常な「逆立ち」状態が続いています。ヨーロッパでは、社会保障に使う税金が公共事業よりはるかに多いのが当たり前です。社会保障への公費負担は、日本は、ドイツ、フランス、イギリスの2分の1から3分の1にすぎず、一方で、公共事業はフランスの1・5倍、ドイツの3倍、イギリスの4倍にもなります(GDP比)。
日本共産党は、「逆立ち」した税金の使い方を大もとから改め、社会保障を予算の主役にすえます。道路特定財源の一般財源化をはじめ、公共事業のムダと浪費、5兆円もの巨額の軍事費、特殊法人向け予算、官房機密費や不正に流用されている警察報償費、選挙買収にまで使われた政党助成金など、歳出のすべての浪費にメスを入れ、国、地方あわせて新たに10兆円程度の財源をつくり、国民のくらしと社会保障にふりむけます。
税金の集め方を見直す歳入の改革――大企業や高額所得者に応分の負担を求める……税金の集め方はどうでしょうか。この十数年間に、自民党が「税制改革」の名のもとにおこなった最大のものは、消費税の導入と増税です。その一方で、大企業の払う税金は、法人税をはじめ、どんどん引き下げられました。
その結果、日本は、大企業の税と社会保障の負担率が、ヨーロッパ諸国に比べてもともと低いうえに、日本だけがさらに下がるという特別な国になっています。企業の税と社会保障の負担率(国民所得比)は、1990~2000年度の10年間をみると、イギリス15・3→16・0%、ドイツ15・7→17・7%、フランス23・0→23・6%と上昇しているのに、日本は逆に、14・2%から12・3%へと2ポイント、約7・5兆円も減っています。
日本共産党は、税金や社会保険料などの負担は、「所得が多いものは多く、少ないものは少なく」という経済民主主義の原則をつらぬき、日本の大企業にヨーロッパなみの応分の負担をもとめます。この間に引き下げられた法人税率や所得税・住民税の最高税率を見直すとともに、土地や株式譲渡益など資産課税の適正化をすすめるなどの歳入の見直しで、国、地方あわせて約8兆円の財源を計画的に確保します。
税金の使い方と集め方を改めれば、年金をはじめ、社会保障や教育、中小企業、農林漁業の振興など国民のくらしを支えるための仕事を大きくすすめることができます。
●以上は選挙政策として簡略化されたものになっています。より詳しくは,共産党のHPで探してください。また『前衛』にも,毎年,関係論文が掲載されています。
⑬公共投資増大の背景に、米国の要求があることはよくわかったのですが、米国への日本からの輸出抑制にはなっていませんね。にもかかわらず、内需拡大(公共投資)を求め続ける米国の主旨・目的がもう一つ理解できません。内需拡大自体は、内容次第で悪いことではないと思いますが、米国は公共投資を求めているのでしょうか? 規制緩和の主旨はわかりますが。
●〔参考〕2002年10月2日(水)「しんぶん赤旗」/年50兆円の公共投資アメリカのねらいは?
〈問い〉先日説明があった年五十兆円の公共投資ですが、なぜアメリカはこんな要求をしたのですか。(埼玉・一読者)
〈答え〉アメリカが巨額の公共投資を日本に要求したいちばんの目的は、日本の大企業の競争力を輸出など対外面ではなく、国内に向けさせることでした。当時、日米協議に出席したマコーマック米国務省次官の「政府が民間の資金を吸い上げて、輸出に結びつく製造業分野から公共事業分野へ、資金と人を移転させてはどうか」(日本放送出版協会『日米の衝突』)などの発言が伝えられています。輸出産業など民間設備投資に回る日本の資金を公共事業に吸収すれば、対米輸出なども弱まるだろうというものです。
●アメリカは「日米構造協議」などで具体的に数値もあげて「公共投資を求めて」きました。それは事実です。その狙いは,当事者自身の口から上のように語られました。ただし,アメリカの戦略はいつでも思ったとおりの結果を生むわけではありません。現実には,公共事業費拡大を継続したうえで,あわせて日本に対して「輸入増加」の圧力,さらにアメリカ資本による進出がつづいています。なお,公共投資については,「日本経済たたき」が1つの目的だったとする見解もあります。
⑭この講義の中でたびたび出てくる、共産党大会で話題になった「独占資本主義=帝国主義」ではないという問題について。レーニンの『帝国主義論』は段階だといい、不破報告は「政策・行動」としてアメリカ以外の独占資本主義国家に免罪符を与えているように思われる。帝国主義規定は植民地論からくるとは思われない。資本主義が国独資として発展した段階であると思う。確かにイラク戦争でとったドイツ、フランスの国連中心の行動は米国に対する反アメリカ帝国主義行動と評価できるが、では、国内における政治は果たして労働者・市民に対してどういう問題もないのだろうか。また資本主義の目的である利潤追求との関係ではどうなっているのだろうか。経済学的には「独占資本主義=帝国主義」で正しいと思いますが。
●私自身の見解は『経済』6月号にすでに書きましたので,参考にしてください。次のような諸論点が大切かと思います。1)独占資本主義の侵略性には今日も変化はないが,それがいつでも露骨にあらわれるかどうかは,侵略者とこれを抑制する者との力関係による。世界史的には,大国による地球全体の植民地を防ぐ力をもたなかった20世紀初頭と今日とで,この力関係に大きな変化がうまれた。2)アメリカは独占資本主義の侵略性をもっとも露骨に発揮し,「新しい植民地主義」を展開しつつある。これに対して,フランスやドイツは同じく「新しい植民地主義」で対抗するのでなく,国連を中心とした平和秩序の建設をもとめるという形での対抗策をとっている。これを同列視することはできない。フランスやドイツにおいても独占資本主義の侵略性の発露については当然警戒が必要だが,その国内の運動の力がそれらの政権の態度を大きく左右していることを直視する必要がある(スペインの大統領選挙にも)。両者の同一視は,アメリカ帝国主義への免罪論にしかならない。3)一国内部においては資本主義の枠内における民主的改革が追求されているが,この路線は,その国の外交・対外政策の民主的改革を当然含むものである。内政は民主化が可能だが,外政は民主化が不可能だという議論は成り立たない。4)「独占資本主義=いつでも帝国主義」ならば,平和な世界をもとめる運動は「社会主義」をかかげるしかなくなる。しかし,世界には平和をもとめる資本主義・独占資本主義国が実在するのであり,そのような方針は世界の現実に合致しない。5)レーニンは帝国主義を資本主義の「最後の段階」としたが,現実の歴史はそれをすでにのりこえてすすんでいる。レーニンは帝国主義戦争の時代の根底に独占資本主義の侵略性があることを見抜いた。それは今日も否定されえない。しかし,世界における平和・民主主義をもとめる力の成長は,独占資本主義国にも帝国主義的な「政策・行動」をとらない外交の実現を可能にし,世界史を平等・互恵の民主的な国際秩序づくりの段階へと進めている。6)歴史のこの大局的な変化の方向を正確にとらえるからこそ,世界史におけるアメリカや日本の逆流,その孤立,犯罪的な役割が浮き彫りになる。
●くわしくは論文を読んでください。特に世界第二の「植民地大国」であったフランスが,第二次大戦直後の民族解放運動を前に,対外政策の転換を余儀なくされる過程に注目しています。それは世界的な転換のひとつの象徴です。
⑮講義をお聞きすればするほど、私たちの未来に対して気持ちが重くなるばかりです。これではだめなんでしょうが、少しでも明るくなれるお話はないですか。
●このままではダメだから,政治をつくりかえる必要かあるわけです。お隣の韓国では87年まで軍事独裁政権がつづきました。民主化を求める運動には徹底的な暴力による弾圧が加えられ,思想の統制も行われました。しかし,だからもうダメだとあきらめるのではなく,だからこそかえなければならない,そのために必要な力を育てなければならないという運動が成長しました。その結果として,長い時間をかけながらも,民主化が勝ち取られたわけです。日本の運動には,いま,そこの気概の発揮が強く求められていると思います。
●「明るくなれるお話」は,南光町の選挙であれ,沖縄の3万人集会であれ,アジアの平和に向けた大きな動きであれ,いくらでも探すことはできると思います。「いま日本と世界はどうなっているのか」,それを自分で確かめ,自分で考えようとする姿勢を明確にすることが大切だと思います。そういう気構えで,毎日,新聞やニュースに向かってください。
感想
●アメリカが日本が疲弊するのを防ぐため、アジアへの賠償をさせなかった。ということははじめて聞きました。
●日本が戦後補償するのをアメリカが止めた。というお話。なんともはや。初耳かつ心に刻ませていただきます。
●毎回世界の動きの話、勇気づけられます。ベネズエラのアメリカの不当な介入をはね返す闘いの中で「憲法を学び国民が主人公の民主主義を根付かせる努力がなかったら今回の勝利はなかった」という言葉に大変感銘をうけました。今、憲法改悪、教育基本法改悪の動きの中で、憲法を暮らしのすみずみにまで生かす闘いが大事だと思っています。
〔京都学習協・第3回現代経済学講座〕
第5講・奥田ビジョンの21世紀戦略
神戸女学院大学・石川康宏
http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/
(1)第3回講座のねらいと構成
1)戦後日本経済の発展と到達をアメリカへの従属と依存を重視してとらえた第2回講座の到達点をふまえて,これに,重要な歴史的分岐点における「財界の判断」を付け加えていきたい。あるいはその「判断」にアメリカの意向がどのように反映したのかをとらえていきたい。それは今日の日本の政治経済の「財界・大企業いいなり,アメリカいいなり」の姿をより深く,根本からつかまえようとする作業でもある。
2)全体の構成は次のようになる。
第1講 現代日本の経済社会をどうとらえるか
第2講 グローバリゼーションと市場開放
第3講 『マネー敗戦』と金融ビッグバン
第4講 『日米構造協議』と土建国家
第5講 奥田ビジョンの21世紀戦略
第6講 新しい道を模索するEUとアジア
第7講 日本型資本主義の特異な家族・女性支配
第8講 展望・現代に挑む経済理論
(2)第5講・奥田ビジョンの21世紀戦略
1)財界とはどういうものか――資料・各団体のHPより
2)論文「財界のアメリカへの従属と過度の依存」(日本共産党『前衛』第774号,2004年3月号)――5・「『奥田ビジョン』はなぜ金融市場を語らないのか」
3)日本経団連「活力と魅力溢れる日本をめざして」(奥田ビジョン,2004年1月1日,概要版)活力と魅力溢れる日本」より
4)論説「シリーズ・奥田ビジョンを読む/『民主導型』掲げたけれど」「シリーズ・奥田ビジョンを読む/日米関係の検討を避ける」,「しんぶん赤旗」2003年2月13日・14日付
5)最近の「しんぶん赤旗」から――財界の経済改革と政治支配にかかわって
6)日本共産党第10回中央委員会総会(2003年12月3~4日)より――財界による政治支配のあり方をめぐって
7)日本共産党第2回中央委員会総会(2004年8月26~27日)より――財界による政治支配のあり方をめぐって
(3)資料「経済同友会・代表幹事の発言」(9月7日,北城恪太郎 代表幹事/渡辺正太郎 副代表幹事・専務理事)
冒頭、北城代表幹事から意見書「第二次小泉改造内閣に望む」についての説明があり、その後、記者の質問に答える形でa. 郵政民営化、b. プロ野球選手会のストライキ、について発言があった。
Q: 意見書「第二次小泉改造内閣に望む」に政調会長など党三役が揃って入閣という意見があるが、閣僚を兼任するということか。与党といった場合、自民党と公明党か。
北城: 兼任するということだ。基本的には自民党を想定しているが、公明党のどなたかが入っても構わないと思う。これによって、政府と与党の政策の統一性が保たれるのではないか。小泉首相は同時に党の総裁でもある。にもかかわらず、党の意向のとりまとめが別の格好で進んでいるのでは、二元化してしまう。党を中心とした政権なのだから、一体化した方が意思決定のスピードも早まるし、議論も深まる。
Q: 内閣と党の一元化、一体性という点で言えば、郵政民営化の議論も党内で調整をして10日の閣議決定に向いたいということで、ここ数日動きがあるようだ。経済同友会は先週、意見書「郵政民営化基本方針への意見」をまとめたが、改めて現状認識とご意見を伺いたい。
北城: 郵政公社の民営化は構造改革の本丸ということで、小泉首相自らの意思も出されて検討が進んでいると思う。その中で、2007年4月の民営化の時点で持ち株会社の下に4つの事業会社を作るかどうかが一つの論点になっている。私としては、小泉首相がこれだけ力を入れてきた案件だけに、在任中に民営化の具体論がはっきりした方がいいと思う。2007年4月の時点で分社せずに、一体運営のまま今の公社が100%国有の株式会社になれば、次の首相の下でそれが残ってしまう。小泉首相が掲げた政策を確実に実行するためにも、まず2007年の4月に分社することが重要だ。そうしないと、各事業の採算性や費用分担、リスク遮断の点で問題である。各社が個別の事業体として競争力を持つためには分社化が必要だ。また、郵貯と簡保の金融事業については、できるだけ早い時点で独立会社にして銀行業、保険業として管理、運営、発展していくべきだ。都銀を複数集めたよりも大きい銀行、日本の大手保険会社を全て集めたよりも大きい保険業、その上に、ヤマト運輸よりも大きい郵便事業が一体で事業を行えば、他の会社との平等な競争環境を作る上でも問題がある。2007年後5年以内に独立した完全な民間会社として競争していくことが望ましい。経営者については4つの事業会社と持ち株会社にそれぞれ経営者を選任しなければならない。社長以下の執行役員とそれを監視する取締役会の形を早く作ることがスムーズな民営化のために重要であり、来年末までに人選も含めて決めるべきだ。また、民営化事業会社は委員会等設置会社のように独立した取締役が経営の監視をする仕組みを作らないと経営の透明性も高まらない。ユニバーサルサービスについては、郵便事業において全国に信書が届くことは重要だが郵便会社だけしかできない、ということではない。ヤマト運輸でも小包は全国に配達しているし、他にも全国サービスを行っている宅配会社もある。どの業者もユニバーサルサービスを提供できない場合は、郵便会社に支援があってもいいと思うが、最初から優遇策を提供しないとユニバーサルサービスができないという議論はおかしい。どの業者も信書のユニバーサルサービスができないということが明確になった時点で、どれだけの公的支援が必要かを決めればいいと思う。
Q: 10日に閣議決定しても、それを下に法案が作成され審議する過程で、自民党の中でも様々な抵抗が予想されるが、これについてはどうお考えか。
北城: 民営化に当たって、地方の郵便局がなくなるのではないか、過疎地のサービスが低下するのではないかという意見があるが、過疎地の郵便局がなくなると決まったわけではないし、それだけを理由に反対すること自体もおかしい。過疎地の場合には逆に他の金融機関が無いケースもあり、事業採算が合う場合もある。反対のための反対はおかしい。最近の世論調査を見ても郵政公社の民営化に賛成の意見が多いようだ。ある新聞社の経営者に対するアンケートでも6割を超える、意見をはっきり表明した中では8割を超える経営者が民営化を支持している。これまで国民の多くが支持する政策を実現するというのが小泉内閣の後ろ盾になっていたわけだから、政府と与党の中で色々議論もあるだろうが政策は実現されるのではないかと思う。
Q: 国民が民営化支持に傾いている中で、ご指摘のいくつかの理由を元に反対している自民党の現状は国民の認識とかけ離れているということか。
北城: 自民党の全ての議員が反対しているわけではない。反対している議員の意見表明がされているが、最終的な結論が出て党が否定したわけではない。10日に閣議決定が行われるとすれば、それに向けて、あるいはそれ以降に、色々な意見調整を行ったうえで、これだけ多くの国民が支持している政策は実現されるのではないか。形ばかりの民営化にならないようにしてほしい。
渡辺: 民営化が国民に分かりづらいという声が多いが、その本来的主旨は何かということについて、皆さんの書かれる記事は非常に重要だ。年金の例を見ても今後は筆の力は非常に大きい。
Q: 本来的な意味という点について同友会の考えを改めて聞かせてほしい。
北城: 一つは郵貯と簡保という金融事業によって集まった資金が、これまでは主として財政投融資、国債等で運用されてきた。つまり、民間から集めた資金で官の事業を行うために利用されてきたということだが、これでは事業の採算性等について規律が働かず、それによって無駄な事業が行われることにも繋がった。資金が官業から民間に流れる、民間の経営判断で資金の流れが決まるようにする、仮に国債を買うにしても、その決定、運用について民間の視点で判断していくことが重要だ。今回、郵貯と簡保をできるだけ独立会社にするべきだと主張しているのは、持ち株会社に国の資本が入っている以上、官の制約の下で経営判断が行われるので、できるだけこれを断ち切るべきだ。そして、これだけ巨大な事業体を効率良く経営していくこと自体が日本の国の経済効率、事業の効率性を高めるのに繋がるので、そのためにも事業会社それぞれの採算性をはっきりさせた方が、創意工夫、効率化に寄与する。それによって少ない人員で仕事ができれば、余剰人員を他の事業で活躍させることもできる。公社でも効率化が進んできたようなので、民営化されればより厳しい採算を考慮しながら経営をすると思う。またそれらと競争する民間企業も公平な土壌で効率性、サービスの向上に努めることにもなる。競争力のある郵貯、簡保が出てきて、民間と同じ環境で競争すれば民間企業も創意工夫して効率をあげていくと思うし、国全体の効率化に役立つと思う。
渡辺: 政府自身の口から集められたお金が安易に、無駄に使われているとはいえない。郵貯を集金マシンとして集めてきたという機構が、安易な国のお金の使い方と無駄に繋がっている。これはメディアだから言えることだ。市場を通して、適正なお金の流れに正すのだということは是非伝えてほしい。
Q: 郵政民営化が分かりづらいと言っている政府が、その説明をできないから分かりづらいと。
渡辺: 無駄な金を使っているとは政府としては言えない。
北城: 非効率な事業にお金を回すための入り口の仕組みとして今まで機能してきた。そうした無駄な事業にお金を回すと資金回収ができなくなるわけで、厳しい経営の目でどこにお金を回すかという判断が行われる、規律が働く。小泉首相の言われる「官から民へ」、経済活動については官ではなく、民間主体の経営体にすべきだということであれば、郵貯も簡保も郵便事業も経済活動なので、これを官が占めていては効率的な経営はできない。
Q: 5年以内に完全な民間会社というのは、民間が100%株式を持つということか
北城: 2007年4月から数えて5年ということだ。郵貯と簡保については持ち株会社から独立して民間100%資本の完全な民営、民有会社になるということだ。事業会社としては2007年4月から独立会社になって1年から2年で経営の実体、採算、資産状況が分かってくると思う。資本市場の動きもあるので一度100%株の放出は難しい。段階的な放出になると思うので2~3年はかかるということで5年、できれば5年以内のできるだけ早い段階でとういことだ。
Q: 郵貯、簡保という巨大な事業と民間企業とは、平等な競争環境にあるとは言えない。たとえ民間の資本を入れたとしても、国債管理政策が変更されないままでは資金の流れを変えることにはならない。経済財政諮問会議でも、そういった大事なことが議論されず、組織形態の議論に終始している感があるが、そのあたりについてどう思うか。
北城: 本来の民間とのイコール・フッティングとは、完全な独立会社として100%民営になったときのことを言うが、政府資本が入っている間は、暗黙の政府の関与、政府保証があるとも見られるので、移行期間における民間とのイコール・フッティングをどうするかということを考えるべきだ。金融界が問題視している、政府が資本を持っている移行期間には限度額1000万円を廃止すべきでないということについては、妥当な議論だと思う。では、完全な民営・民有会社になったときに、巨大だから問題だという議論もあるが、政府保証をなくし、今の定額貯金がなくなったときに、どれだけの規模の資金が郵貯に残るかははっきりしない。通常貯金だけの決済銀行として50兆円位の規模にすべきだという意見もあるし、今の230兆円位の規模が民営化して何割減るかも分からない。また、そもそもどの程度の額を巨大と言うのかもはっきりしない。完全に民営化され、独立取締役を中心とした民間の経営ガバナンスが働いてきちんと経営されるのであれば、たとえ巨大であって他の金融機関と比較しても非常に競争力があるということであっても、効率よく経営されているのであればそれは国民にとっていいことではないかという考え方もある。ただ、巨大すぎて他の会社が競争できないというような独占の弊害が出てくる、あるいは巨大すぎて破綻した場合の負担が非常に大きい等、巨大なことゆえの問題が出れば、その時点で考えればいい。単に巨大だということだけで不公正ということにはならないと思う。郵貯の資金運用の仕組みからすれば、どちらかといえば、安全な国債や社債で運用されており、融資業務に乗り出すとか、再生ファンドのような高度な金融知識を必要とする分野に進出することにはならないのではないか。多くの大手都市銀行は、巨大なゆえに反対しているのではなく、移行過程で政府保証がある間に民間との競争条件を変えるのは困ると言っているのであって、完全に民営化した暁には民間会社として競争すること自体には反対していないと思う。今の段階で、諮問会議で全て決めることは難しいし、ビジネスモデルを決めれば経営がうまくいくということでもない。経営者とそこで働く人たちの努力が重要であって、形態議論を長々とすることが必要だとは思わない。
国債管理については、民営化した後であれば、たとえ巨大な額の国債を保有したとしても、それも経営判断である。融資等で一度に資金運用ができるわけではないから、国債、社債、地方債といった、ある程度安全な資産も運用の中に入ってくるであろう。それを国債をいくらに抑えるべきだ、ここまで買うべきだと規定すること自体おかしな話だ。
Q: 財投機関債のように特定の公的機関が発行する債券は当然のこと、引き続き一種の国債である財投債を買うような状況になれば、本来変えなければいけない入口、出口の改革にはならないのではないか。
北城: 民間企業の経営者としてリスクやリターンを踏まえた判断をするなかで、自社でリスク運用ができない、融資でリスク査定が十分できないというようなことで、財投債や国債を買うということはその経営者の判断としてはあり得るだろう。ただ、国債中心の運用ではリターンに限界があり、金融商品として魅力の無いものになってしまうので、逆に郵貯に資金が集まらないということになるのではないか。
Q:国債や財投債(で運用する)の問題に制度的に手をつけなければ、本来的な民営化の目的は達成できないのではないか。
北城: 新しくできた民間会社が国債や財投債を買わないという経営判断をすれば金利は上がっていく。要は民間として経営していけば、入口に対する規律は働くはずだということ。今のように政府の指示で買えと言われれば規律は働かないが、民間の規律さえ働くようにすれば、結果として手をつけたということになるのではないか。
Q: 5年以内のなるべく早くというような時期に郵貯、簡保が完全に民営、民有化された場合、国債市場に金利の急激な上昇や暴落といった影響が起きる可能性があるのではないか。
北城: そのようなことはないと思う。新旧勘定に分離すれば、旧勘定はいずれ満期が来れば保有している国債を市場で売却しなければならないが、満期が来た貯金が全て郵便貯金会社から外に出て行くということではないし、そうすれば新勘定で新たな運用の必要性が出てくるので、両方を足せば国債市場に急激に大きな影響が出ることにはならない。反対のための議論ではないかと思っている。
Q: 4事業の分社化について、システム対応が間に合わないという理由が上がっているが、これについてはどうお考えか。
北城: 2007年4月時点で実現すべき機能と水準でシステムを作ることが決まれば大体の開発期間は決まってくる。4事業を民間企業として優れた経営管理ができるシステムを完全に用意しようとすればかなりの時間がかかる。どういう目的で使うシステムが間に合う、間に合わないという議論をするべきで、優れた経営ができる財務管理のシステムや新商品開発やサービスを提供するための競争力のあるシステムを作ろうとすれば時間がかかる。民間のどの経営者に「システムは完璧か」と聞いても、問題はあり、新しいシステムを構築するために努力されている。民営化に相応しい完璧なシステムを今から全く新たに整備したいということであれば時間はかかる。郵政民営化は構造改革の一環として重要な政策であり、2007年4月に分社化して民営化するという政治の基本方針が決まれば、それに合わせたシステム構築の方法はあると思う。今の郵政公社が考えている理想的なシステムとは違うかもしれないが、既存のシステムを利用しながら手直しをする、いくつかの業務は持ち株会社が共通機能として引き受けて各社に費用配分する仕組みもあると思う。個々のシステムを精緻に検討して何年とは言えないが、民間企業の経営者としての経験からすれば、まず経営者がいつまでに何をしたい、ということを決め、それに合わせたシステムを作るというのが重要だ。銀行の合併のように、オンラインシステムを新たに作るというのは大変だが、郵貯や簡保、郵便事業のシステムは既に動いているのだから、新旧勘定の分離や預金保険機構への加入、税金等、いくつか追加の業務はあるが、民営会社として必要な対応も含めて、その水準を前提にどう機能を拡張するかを考えるべきだ。
渡辺: 一般企業は事業戦略が先行する。それにITシステムをいかに間に合わせるかということだ。ITシステムができなければ事業戦略が進められないというのでは完全に競争に負けてしまう。2年半あるのだから、できるだけ早く組織形態を決めてスタートすれば間に合わせることは可能だと思う。
北城: 今までのシステム構築のあり方を見直さなければならいかもしれない。官業として、あるいは郵政公社としてのシステム構築のスピード感、信頼性、入札等の透明性の確保等、色々な制約があったと思う。今回一番重要なのは期間、スピードなので、それを前提としてどういうやり方でシステムを構築できるかという検討に進んだ方がいいと思う。
Q: プロ野球の合併が、経営問題、労働問題と色々な方向に動いており、選手会がストを決定する事態になっている。ストも含めてプロ野球を巡る動きを、どう見ているか。
北城: 端的に言えばストは反対だ。ファンを重視した議論が必要だ。プロ野球が発展していくためにはファンに支持される行動が必要だ。土日に野球の試合が無くなれば、ファンが残念に思うだけではなく、ファンの数を少なくするし、ファン離れに繋がる。そういう意味ではストは好ましくない。また今の2リーグの下で各チームにファンがいるのだから、球団の数を減らせば球界全体としてのファンの数も減らしてしまうと思う。合併は経営者の判断だと思うが、各球団の経営者はいかにファンを増やして、事業として採算が合うような形にするという経営努力が必要だし、それが十分ではなかったのではないか。選手の給料が高いことも含めて、これだけ赤字の球団が多いということは事業としておかしい。経営努力をした上で合併によって球団が減るのであれば、球団運営に参加したい人がいたら参加しやすい制度に変えていって、常に創意工夫や競争が活力を生み出すようにした方がいいのではないか。参入障壁が余りにも高い。過去に色々問題があって、参加する会社に十分な資本があるという前提の下での制約だと思うが、余り高いと参入できないということでは活力が生まれない。競争者が参入してこないところ創意工夫は生まれない。合併して一球団減れば、一球団運営したい人を探してもいいと思う。球団の数を縮小していくだけでプロ野球が発展していくようには思えない。
Q: 選手会の要求の一つに加盟料の引き下げが上がっているが、これ自体には賛成ということか。
北城: 賛成だ。参加しやすくすることはいいことだ。一方で年間30億も40億も赤字が出るということでは、球団職員のリストラ等では対応できない。これだけお金のかかる経営のあり方を考えていく必要がある。サッカーがある程度採算に乗るのは、選手の給料の水準がプロ野球に比較して採算が上がる妥当な水準なのだと思う。
以上
(4)(資料)日本経団連「活力と魅力溢れる日本をめざして」(奥田ビジョン,2004年1月1日,概要版)
日本経団連は、「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」、そしてそれを支える「共感と信頼」を基本的な理念とし、2025年度の日本の姿を念頭においた新ビジョンをとりまとめた。
国民が新しいかたちの成長や豊かさを実感でき、また世界の人々からも「行ってみたい、住んでみたい、働いてみたい、投資してみたい」と思われるような「活力と魅力溢れる日本」に再生していくために必要な改革提案と、それを実現するための日本経団連の行動方針を示している。
具体的には、まず経済面で、税制や社会保障制度の改革を通じ、民主導・自律型の日本独自の成長モデルを確立し、2025年度までの平均で名目3%程度、実質2%程度の成長を実現する。そのため、(1)連結経営的に日本全体の経済をとらえ、海外投資収益などを日本国内に還流させ、先端的な技術革新に結びつけていく「MADE "BY" JAPAN」戦略を進めること、(2)日本の持つ環境技術やビジネスモデルを活かした「環境立国」となること、(3)広い居住空間や質の高い住宅、機能的な都市など、人々の満足度を高める都市・居住環境を整備すること、などをめざす。
また社会面では、これまでの画一的で横並びを強いる企業中心の社会を改め、明確な価値観を持ち、公(おおやけ)を担うという志のある、自立した個人を中心とする社会に転換していく。そのため、(1)企業は、コーポレート・ガバナンスの向上やコーポレート・ブランドの確立を通じて、個人の多様なエネルギーを活かし、企業価値を拡大すること、(2)地域が主体となって新しい豊かさを発信していくよう「州制」を導入すること、(3)個人の意志を最大限尊重される社会とするための諸制度を確立すること、(4)多様性を受け入れる観点から、外国人も日本で能力を発揮できるような開かれた社会にしていくこと、などをめざす。
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第1章 新たな実りを手にできる経済を実現する
1. 「民主導・自律型」システムが新しい成長をつくる
私たちが示す税・財政・社会保障の「グランドデザイン」によれば、少子化・高齢化が進んでも、社会保障制度や財政構造などの改革を断行すれば、2025年度までに実質2%程度(年平均)の経済成長が可能である。経済の活力を生み出すような税体系を構築するとともに、最大の不安要因である社会保障制度の抜本改革を進める。改革の基本は、(1)制度本来の目的に沿った給付の重点化、(2)消費税の活用を含めた負担の公平化、(3)個人の選択肢の拡大である。
2. 連結経営的発想により日本の付加価値創造をとらえ直す
国民の必要性(ニーズ)や欲求(ウォンツ)を満たす製品・サービスを提供するため、創造的な技術革新を強力に推進する。国民経済レベルで連結経営的な付加価値創造のメカニズムをつくり上げ、海外における直接投資収益や特許料収入等を国内の先端的な技術革新に結びつけていく。
3. 「MADE "BY" JAPAN」戦略を推進する
技術革新のダイナミズムを高め、世界の力を活用して日本が生み出す価値を最大化する。その切り口は、技術、資金、競争の3つである。(1)技術面では、大学改革・専門的外国人の受け入れを含む産学連携の強化、(2)資金面では、国の研究開発投資の改革、産学連携プロジェクトの公募、(3)競争面では、新技術の産業化競争の促進と内外からの投資を呼び込むためのインフラの整備、とりわけ法人税率の大幅な引き下げである。
4. 個人、企業、行政がともに「環境立国」戦略を進める
日本のグローバル競争戦略として、循環型社会に転換するという政策目標を掲げ、「日本企業が、その製品、技術、ビジネスモデルを持って国際社会で活動することが、世界の環境保全に役立つ」というシナリオを打ち立てる。循環型社会の基盤は「信頼」である。企業の取り組みを積極的に評価する個人の存在と、行政による環境整備が欠かせない。あわせて廃棄物の再利用や新しいエネルギーシステムの構築など、世界をリードする技術開発に注力する。
5. 時間的・空間的余裕から新しい豊かさのかたちを生む
内需拡大の切り札である住宅投資を促進するため、住宅取得支援税制の抜本改革を行う。企業は、耐久性の高い住宅、高齢化対応の住宅、自立型の住宅等の開発に取り組む。
人々の多様な必要性や欲求に対応するため、環境共生などの共同価値に基づく街づくりを進める。地方都市を含め、都市に民間投資を呼び込む。
第2章 個人の力を活かす社会を実現する
1. 個人の多様な価値観、多様性を力にする
(1) 日本を「活力と魅力溢れる国」として再生させるためには、個人に画一的な生き方、横並びを強いる企業中心の社会を過去のものとし、明確な価値観を持ち自立した個人を中心とする社会に転換していく。
(2) こうした社会においては、自立した個人を「労働市場」「資本市場」「製品・サービス市場」「コミュニティ・市民社会」が取り囲む。この4つの市場・コミュニティは常に開かれており、企業もこれらを視野に入れ、信頼を基本にして、個人のエネルギーを活かせる活動を展開していく。
(3) そのため企業は、コーポレート・ガバナンスの向上や経営トップの意識改革を行いつつ、明確で一貫した価値観を持ってコーポレート・ブランドを確立する。
2. 「公」を担うという価値観が理解され評価される
こうした社会においては、国が「公」<おおやけ>の領域を規定し、隅々まで神経を行き届かせて統治するのではなく、自立した個人が意欲と能力を持って「公」を担っていく。そのためには、個人の多様な必要性や欲求に柔軟に対応できるよう、官と民、国と地方の役割を根本から見直し、地域が主体となって新しい豊かさを発信していく。そのため州制を導入する。
また、地域の自律を促すためには、「公」を担う意識を持った個人がフラットなネットワークを構築し、協力的市場の形成を通じて、地域にある潜在的な需要を顕在化させていく。
3. 「精神的な豊かさ」を求める
個人一人ひとりが、生まれてから死を迎えるまでの限られた時間の中で、自分らしく、いきいきとした人生を全うし、「精神的な豊かさ」を追求していくために、「個人の意志が最大限尊重される社会」を実現していく。
人生のあらゆる場面において、一人ひとりが多様な選択を通じて新たな挑戦を行いうる制度・システムを用意する。
具体的には、「個人の能力や個性に合った教育を選択できる」「自分に合った働き方を選べる」「家庭を持ち、子育てをする生き方が不利にならない」「自分に合った医療や最期の迎え方も選べる」ようにする。
4. 多様性を受け入れる -外国人も活躍できる環境の整備-
多様性を容認する観点から、外国人も日本においてその能力を発揮できるよう、日本社会の扉を開いていく。
第3章 東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む
1. 自らの意志による「第三の開国」を
東アジアでは、事実上の経済統合が進みつつあるものの、地域の経済関係をさらに深化させていくための制度的な枠組みの構築が大きく遅れている。そこで、日本は、「アジア自由経済圏」構想の実現に向け、強いイニシアティブを発揮していく。日本には、自らの手で市場開放を行うという、「第三の開国」を進めていく強い意志が求められる。
2. 東アジアを強力なハブに
東アジア諸国と欧米とのFTAが相次いで締結されれば、各国は他の東アジア諸国とのビジネスにおいて、欧米企業に対し劣位に立たされるほか、地域としての脆弱性を克服できないといった問題が生じる。
域外諸国とのFTA締結の前段階として、東アジアにおいて自由経済圏を形成し、同地域のハブとしての活力と競争力を維持・強化しなければならない。
3. 「5つの自由」と「2つの協力」を実現する
地域としての活力をさらに高めていくため、東アジア自由経済圏内では、モノ、サービス、ヒト、カネ、情報という、生産要素の移動の自由(5つの自由)の実現や、域内協力の推進およびグローバルな問題の解決に向けた協力(2つの協力)を実現する。
4. 東アジアの多様性が生み出すダイナミズムと発展
(1) 東アジア自由経済圏の形成により、ビジネス上の障壁の撤廃やインフラの整備が進めば、域内の取引コストは劇的に低下する。この結果、より強固なバリュー・チェーンが構築され、域内企業の生産性や競争力が著しく強化される。また、人口 21億人、GDP 7兆ドルという巨大で急速に成長する単一市場が実現する。
(2) 日本は、東アジアの国々の台頭を脅威としてではなく、真のパートナーシップを構築する好機ととらえ、供給サイド、需要サイド両面におけるダイナミズムを今後の成長の源泉として活用していく。
5. 東アジア自由経済圏の実現に向けた課題
(1) 東アジア自由経済圏の実現に向け、日本、中国、韓国、ASEANの13ヵ国の間で、目標および実現に向けたプロセスについてのビジョンを共有した上で、遅くとも2020年の完成をめざし、目に見える成果を積み上げていく。
(2) 日本は、構想の実現に向けリーダーシップを発揮するとともに、農産物市場の開放や外国人に開かれた社会の実現といった「第三の開国」を進める。
(3) 東アジア自由経済圏が提供する機会を最大限活用するため、企業による経営改革、政府による知的基盤の集積をめざした政策を進める。
第4章 改革を実現するために
1. 公を担う民の動きをリードする
日本経団連は、民主導型の経済社会を実現するため、民間セクターのリーダー、コーディネーターとして各界各層と連携していく。
2. 政治との新たな協力関係を確立する
政治と経済は、「活力と魅力溢れる日本」を実現する車の両輪である。日本経団連は、政治と緊張関係を保ちながら、21世紀の国際制度間競争に勝利する日本をつくる。
(1) 政策本位の政党政治を実現する
政党機能の強化とあわせ、総理のリーダーシップが十分に機能する体制を整える。このため、閣議が「省利省益」を超えて、真の国益を考える「国家のボード」となるべきである。加えて、各省庁の政治任用ポストを拡大し、民間人、政治家を積極的に登用するなど、総理を支える強力なチームを構成する必要がある。
(2) 日本経団連はこう動く
経済の現場の声を反映した、明確で具体的な提言をより積極的に行っていく。また、「政策起業家」が、閣僚や政府高官の政治任用者などとして政策決定プロセスに参画できるよう、シンクタンク、大学等と協力して、公共政策論議の中心となる人材を厚くしていく。
与野党の政策と実績を評価した上で、企業・団体が資金協力する際の参考となるガイドラインを作成する。企業人の中から選ばれ、国政で活躍するにふさわしい人材を支援するほか、経済界の考えに共鳴し行動する政治家を支援する。
(5)(資料)論説「シリーズ・奥田ビジョンを読む/『民主導型』掲げたけれど」「シリーズ・奥田ビジョンを読む/日米関係の検討を避ける」,「しんぶん赤旗」2003年2月13日・14日付
(上)日本経済は不況,金融システムまひ,財政赤字の深刻な三重苦の状態です。しかし,日本経団連の「奥田ビジョン」はこれを打開する具体的な政策を持ちません。はっきりしているのは消費税増税と社会保障改悪のシミュレーションだけです。
大銀行をどうするのか,ゼネコンや高速道路建設をどうしていくのか,アメリカの経済要求にはどう対処していくのか,そうした目前の課題に対する具体的な対策はどこにもありません。もはや財界は,財界にとってさえすすむべき道を示すことができなくなっている――。それが証明されているように思います。
〔いらだち示す〕
ビジョンは改革の諸提案が実行されないことに,次のようにいらだちを示しています。「改革提案は,1986年の『前川レポート』(国際協調のための経済構造調整研究会報告)や1993年の『平岩レポート』(経済改革研究会報告)をはじめとして,すでに数多く出されており,もはや何が必要で,どのような施策が必要かを議論するのではなく,実行こそが求められる段階にあった」
「経済戦略会議は,1999年2月に答申をとりまとめた。『樋口レポート』と名付けられ,数多くの改革提案が盛り込まれたが,依然としてその多くは,店晒しにされたままである。こうした実態を目の当たりにして,深く考え込まざるをえない」
そのうえで,これらのレポートの主張を継承しながら,ビジョンはめざす社会を「民主導型の経済社会」と呼んでいます。これはアメリカ型資本主義に似せて日本をつくりかえよというアメリカ政財界からの外圧を利用しながら,大企業の金もうけの自由に対するさまざまな規制の緩和・改革を求め,また法人税や社会保障への企業負担を減らした社会をめざすというものです。
ところが,そこにはゼネコン・銀行などへの行き過ぎた『保護』をやめ,財政赤字削減に向けて過剰な公共投資を縮小する政策が含まれており,それが政財界内部の摩擦のタネになってきました。特に公共事業の利権に首までうまった自民党が,そう簡単に公共事業予算の縮小に踏み切れるはずもありません。
そこで,ビジョンは改革推進に向けた新たな政治介入の意欲を示します。「企業・団体献金のガイドライン」をつくり,ビジョンに「共鳴し行動する政治家を支援する」というのです。従来型の利権バラマキを放置したうえに,改革推進のバラマキを積み重ねようというわけです。しかし,大企業への国民の不信は強く,それへの配慮を理由に「いまの状況でやることはマイナスが大きい」(1月6日,経済同友会・小林陽太郎代表幹事)と,早くも財界内部からさえ懸念の声があがっています。
〔経済政策限界〕
他方で,ビジョンには,当面の大きな焦点であろう公共事業改革に対する弱腰が感じられます。事業費削減については「経済財政諮問会議の方針に沿って」と他人ごとのような一文があるだけで,語られているのは「都市再生」への期待ばかりです。「都市再生」事業は,都市の競争力強化をうたい文句にしています。しかし,実際に行われている事業の多くは従来型の公共事業そのままです。
ここには,不況のあまりの深刻さに,奥田会長自身が「需要の底上げを図りつつ構造改革をすすめる"攻めと守り"の双方の戦略」(2002年10月21日の日米財界人会議)語らずにおれず,しかも,需要底上げを個人消費の激励に求めることができない財界本位の経済政策の限界が現れているように思います。
(下)さらに驚いたことに,ビジョンには日米関係についての検討がまったくありません。
アメリカからの不良債権処理加速の要求は,ついに日本の大銀行を国有化から,アメリカ資本への売却へと仕向けるところに達しています。昨年(2002年)10月20日から22日に開かれた日米財界人会議でも,「不良再建処理や外国からの投資受け入れを進め」るべきだというアームストロング米国側議長(AT&T会長)などの要請に,日本側からは「海外資本による日本の買いたたきにつながるのでは」という不安の声があがりました。しかし,その後の竹中金融相のもとでの「金融再生プログラム」(10月30日)は,アメリカ政財界の要求を全面的に受け入れるものとなっています。
〔反発込めるが〕
これを受けて,奥田会長は年末年始に「失業率6.0%から6.5%が限界」「外圧による改革でなく内部からの改革を」といった発言をしています。そこにはアメリカの強い要求に対する一定の反発が込められているのかも知れません。
しかし,ビジョンには日米関係を問い返す議論はどこにもなく,アメリカ資本に対する銀行に売却についても,日本金融市場の展望についても何の検討もありません。また,ビジョンは「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」として,国際競争における欧米諸国への遅れを焦り,東アジア各国との自由貿易協定(FTA)を急ごうとしていますが,そこでもWTO(世界貿易機関)など現時点でのアメリカ主導の世界像が当然の前提とされているだけです。
財界はいったい何を考えているのでしょう。現状への焦りからくる改革への願望はあっても,それに必要な現実的な政策を示し,それを実行していく力がない。それが日本財界の実力ではないかと思うしかありません。
ビジョンのチグハグは,以上の点に限られません。たとえばビジョンは,消費税増税や社会保障削減が不況をどのように深刻化させるかについては,まったく検討していません。そのような政策を実施して自民党政権が維持できるのかという配慮もありません。
アジアへの大企業の進出のためには「歴史観の共有」が大切だといいますが,実際には小泉首相の靖国参拝は放置されたままです。そして「国境をこえる新しい分業」を描く個所では,日本の失業率の上昇を無視した空洞化のすすめばかりが説かれていきます。
〔選択肢もたず〕
財界本位を前提にしてさえ,あまりにもずさんに思えます。戦後一貫して国民生活向上をつうじた経済再建の選択肢をもたず,「アメリカいいなり」の歴史の中で国家の基本進路を定める力を失ってしまった,その巨大なツケが現れていると思います。
結局,明快なのは消費税増税と社会保障削減の国民いじめの政策だけです。政治の転換を強く期待せずにおれません。
(6)(資料)最近の「しんぶん赤旗」から――財界の経済改革と政治支配にかかわって
●2004年9月11日(土)「しんぶん赤旗」
郵政民営化ごり押しの先に
政府方針から見えてきたもの
小泉内閣が十日閣議決定した郵政民営化「基本方針」によれば、現在の日本郵政公社は二〇〇七年四月から、純粋持ち株会社の下、郵便局の窓口業務を分離した「窓口ネットワーク」、郵便、郵便貯金、郵便保険(簡易保険)の四事業会社に分社化されます。国民が気軽に利用できるサービスを全国あまねく提供してきた郵便局はどうなるのか―。 北條伸矢記者
窓 口/「配置見直す」
窓口会社の業務は「郵便集配業務を除く郵便、郵便貯金、郵便保険に係る全(すべ)ての対顧客業務」とされます。三事業会社から受託料をもらって窓口業務を担当します。
民間金融機関や小売・各種サービス会社からの業務受託も視野に入れ、全国で二万四千七百カ所ある郵便局を「コンビニ化」するのが狙いです。
しかし、受託料のみで採算が可能なのか、効率優先が郵便局網の整理・縮小につながらないのか―。不安は尽きません。
基本方針は「代替的なサービスの利用可能性を考慮し、過疎地の拠点維持に配慮する一方、人口稠密(ちゅうみつ)地域における配置を見直す」と規定。過疎地域だけでなく、都市部でも統廃合や外部委託化を進める方針です。郵便局網の縮小が進むのは避けられないでしょう。
郵 便/「一律」は変質
郵便会社は唯一、全国一律サービスの義務づけが残るとされますが、一方で「広く国内外の物流事業を行う」として、国際物流への進出を視野に入れています。手紙やはがきなど信書部門での独占や全国一律料金の決定に対する「公的な関与」は当面続くものの、「メール便」などで民間業者との垣根が事実上なくなっており、一律義務が名ばかりのものに変質させられる恐れがあります。
役所、農協、金融機関などが過疎地から次々撤退する中、郵便局の窓口と集配業務が分離することで、在宅支援など、高齢者などから頼られている福祉支援業務が後退する懸念もあります。
貯 金 /手数料新設も
民間と同じく納税義務を課し、政府保証を廃止するとともに預金保険機構に加入します。ただ、政府出資が残る間は現行の限度額(一千万円)は残ります。半年複利・十年満期で利用者が多い定額貯金なども、政府保証の廃止により民間との競争にさらされ、存続が危うくなります。
支店・現金自動預払機(ATM)網の「合理化」を進める民間金融機関の業務を窓口会社が受託するようになれば、サービスも「民間と同等」にならざるをえません。ATM時間外手数料や口座維持手数料の新設、払込手数料の値上げなどの可能性もあります。
郵便貯金の解体で先行した英国では、人口の6%もの人々が預貯金口座を保有しておらず、社会問題化しています。日本でも似たような事態が生まれないとも限りません。
保 険/民間と同一に
現行一千万円の限度枠は当面変わらず、貯金と同じく政府保証が廃止され、民間生命保険と同一条件になります。さまざまな理由から民間生保に入れない国民も多く、生命保険の未加入者増大につながりかねません。
国民よそに 首相の"熱意"何が支えた
銀行界から「郵貯なくせ」
米生保業界も露骨な要求
国民から郵政民営化を求める声がさっぱり聞こえず、自民党内からも反対論がくすぶる中、小泉純一郎首相は「すでに決着がついている。(民営化の是非をめぐる)そもそも論はもうやめよう」(八月二日)と、やみくもに既定路線化を目指してきました。何が首相の"熱意"を支えたのか―。それは、「郵貯・簡保は民業を圧迫している」として郵便局の解体・民営化を求めてきた財界や大銀行・生命保険業界の"熱意"でした。
全国銀行協会(会長・西川善文三井住友銀行頭取)ほか民間金融六団体は二日、「郵貯の民営化を考える民間金融機関の会」を開いて決議文を採択。「歴史的な変革」として民営化の流れを歓迎するとともに、「『簡易で確実な少額貯蓄手段の提供』を国営の郵便貯金が行う意義はもはやなく、本来であれば廃止することが望ましい」として、(1)規模の縮小(2)政府出資下の貸出業務の禁止(3)郵政事業の機能別完全分離・独立を要求しました。経済同友会も二日、金融界と同様の意見書を提出しました。
こうした要求はすべて、閣議決定された方針に基本的に取り込まれています。
民営化要求は海を越えて、米国からも聞こえています。米生命保険協議会は八月十二日、「新しく機能別にできる組織は財政的に独立した存在であるべきだ」と、露骨な内政干渉を含む声明を発表し、簡保の解体を求めました。
サービス低下は不可避
駒沢大学経済学部の齊藤正教授(銀行論)の話 政府にとって民営化は、郵貯を国債引き受け機関にし、財政赤字のツケを払わせるという狙いがある。それが地域経済の振興の役に立つのかは疑問だ。現在の郵貯を無条件に残すべきだとは思わないが、全体として、今回の方針は、長年民営化を求めてきた大銀行や生命保険業界の要求からみて、ほぼ思い通りの形になっている。郵政省(当時)は1980年代、民間金融機関に対して郵貯が牽制(けんせい)的な機能を持っていると論じていたが、政府は今ではそれも言わなくなった。今後、金融過疎地などでのサービスの低下は避けられないだろう。
百害あって一利なし
郵政産業労働組合(郵産労)の山崎清委員長の話 各種世論調査を見ても、7~8割が民営化に反対している。政府は、誰のため、何のための民営化なのかという点で説明責任を果たしておらず、国民無視の決定だ。133年間続いてきた公共の福祉、ユニバーサル(全国一律)サービスを根底から破壊するものだ。民営化は大企業、大金融機関、財界のもうけを増やすことが目的で、百害あって一利なし。郵産労としても、公共の福祉、一律サービスの確保を目指し、民営化阻止に全力をあげる。
●2004年9月9日(木)「しんぶん赤旗」
小泉首相と自民執行部
郵政民営化で「対立」?
国民不在、財界要望実現を競う
小泉首相が議長をつとめる政府の経済財政諮問会議が七日、郵政民営化の基本方針の大枠を固めました。自民党内からは反対意見が噴出。党執行部からも閣議決定の先送りを求める意見も出ていますが、小泉首相は十日に決定したい意向です。
郵政民営化はもともと国民の要求から出たのではなく、「民業を圧迫している」として銀行や生保業界が求めてきたものです。小泉首相は国民不在の財界の野望を実現する先頭に立っているのです。
基本方針は、二〇〇七年四月の民営化当初から郵便貯金、簡易保険、郵便、窓口ネットワークの四事業を「持ち株会社」の下で分社化するというもの。所管の麻生太郎総務相や生田正治郵政公社総裁は、四事業を一体の会社にしてスタートするよう求めていましたが、退けられた格好です。
小泉首相は七日夜「今までも反対の大合唱。慣れています」と胸を張りました。しかし、麻生氏も郵政族議員も、民営化を前提にして経営形態についてあれこれ異論を挟んでいるにすぎません。
麻生氏は「民営化反対代表みたいにとられると甚だ迷惑」とのべ、「民営化するための手段、手口を考えている」と繰り返し明言してきました。
■「対決」を演出
民営化に反対する議員もいますが、大半は民営化を前提に、有力な支持団体である特定郵便局長会や郵政官僚の意向をくんで意見を述べているだけです。「身分は公務員のままで」とか、「当初は四事業一体で」などという主張は、民営化後も利権や特権を温存できるようにするためです。
実際、自民党の郵政事業改革特命委員会がまとめた論点整理では「民営の公社もある」と民営化を容認しているのです。
小泉首相はこれまで、自民党内の「抵抗勢力」との「対決」を演出し、政権浮揚につなげる手法をとってきました。
今回も、内閣改造に向けて郵政担当相設置を唱え郵政改革への協力姿勢を「踏み絵」にする構えを見せています。一方で基本方針には、完全民営化の時期を明記しないなど「妥協」をはかる道をいくつも残しています。
郵政族から「閣議決定は行政府がやること。私たちがそれ以上いうことではない」(亀井久興・郵政懇話会幹事長)として決定に反対せず、法案作成段階で意見を反映させていこうという考えが出てくるゆえんです。
■理屈こねる訳
民営化すれば利益が優先され、手数料なしで利用できる貯蓄や、気軽に入れる簡易保険が危うくなるのは必至です。郵便事業も全国均一サービスが脅かされるなど、百害あって一利なしです。
だから民営化を叫びながら国民のメリットを示すことができず、今年三月になって、「隠れた国民負担がなくなる」などともっともらしい理屈を財界人の入れ知恵でやっと出してきたのです。
国民の立場から改革に取り組むなら、預けた国民の資金がムダな公共事業に供給され、中小企業など必要なところに回らない仕組みや、自民党や郵政官僚による郵政事業の私物化にメスを入れることが求められたはずでした。しかし基本方針には、国民が求める改革は何一つありません。
民営化を掲げた「道路公団改革」でも小泉首相は、「抵抗勢力」とたたかうといいながら結局、ムダな道路を造り続ける仕組みを温存・拡大させました。今回も、「郵政族」とたたかう形をつくるだけで利権や腐敗にはメスを入れないまま、財界・大銀行の要望にこたえようとする方向だけが鮮明です。(深山直人記者)
●2004年9月11日(土)「しんぶん赤旗」
リストラで巨額減税の企業/自民に3億円献金/03年政治資金
「産業再生」法の認定を受け、自民党本部に1000万円以上献金した主な企業
企業名 03 年/献金額 人員削減計画 減税額
トヨタ自動車 6440万円 3259人 3億5500万円
ソニー 2000万円 937人 2億 600万円
新日鉄 2000万円 44人 2800万円
JFEスチール 2000万円 3295人 5億7800万円
富士重工業 1930万円 1318人 3億1000万円
マツダ 1800万円 1113人 3億1000万円
スズキ 1620万円 873人 1億7800万円
日野自動車 1340万円 1060人 3億3300万円
日動火災海上保険
東京海上火災保険 1130万円 1690人 6億3300万円
住友金属工業 1000万円 1945人 2億4600万円
リストラで人減らしをすればするほど税金をまけてやる「産業再生」法の認定を受けた企業二十三社が、二〇〇三年に自民党(国民政治協会)へ三億一千二百六十三万円もの献金をしていたことが十日付官報で公表された〇三年政治資金収支報告書でわかりました。
二十三社のうち十七社が計一万九千六百六十人の人員削減を計画。その減税見込み総額は三十四億四千万円にのぼります。企業のリストラ・人減らしに政府がお墨付きを与え、その"恩恵"の一部が「産業再生」法制定に動いた政党に還流した形です。
同法は、財界の強い要求を受けて一九九九年に自民・公明・自由の賛成で時限立法として成立。〇三年四月には、五年間延長し、対象企業の拡大などを盛り込んだ改悪が民主党も賛成して強行されました。
自民党に百万円以上を献金した認定企業二十三社の多くは、自動車、鉄鋼、電機業界です。
なかでも奥田碩日本経団連会長が会長をつとめるトヨタは、六千四百四十万円と断トツ。九九年の「産業再生」法成立以来五年間の献金総額は、三億二千六十万円にのぼります。トヨタは三千二百五十九人を削減するリストラ計画で三億五千五百万円の減税を受けています。減税分を献金にまわした格好です。
トヨタをはじめ自動車大手(マツダ、日野、富士重工、スズキ)のリストラ計画(合計約七千六百人)による減税額は十四億八千六百万円。五年間の自民党への献金総額は六億六千九十四万円です。減税額の44%で献金がまかなえる計算です。
民主にも献金
〇三年に自民党へ千六百二十万円を献金したスズキは、民主党(国民改革協議会)にも二百六十万円献金。認定企業の一つである協和発酵工業も自民五百三十六万円に加え、民主にも四十万円献金しています。
「産業再生」法 企業「再生」のためのリストラ計画を政府が認定し、税制上の特例措置や金融面の支援など優遇措置を与える法律。
認定企業は、会社の設立や増資、合併や会社分割のさいの登記にかかる登録免許税が減税されたり、日本政策投資銀行などの低利融資などが受けられます。
(7)(資料)日本共産党第10回中央委員会総会(2003年12月3~4日)より――財界による政治支配のあり方をめぐって
三、党中央のとりくみの反省点について
つぎに総括の第二の角度として、党中央のとりくみの反省点について明らかにします。全国からの感想のなかで、政党状況の急激な変化が明らかになった十月はじめから投票日にいたる時期に、党中央が発揮した政治的イニシアチブが的確だったことへの評価とともに、「なぜもっと早くできなかったのか」「総選挙のとりくみが全体として遅れたのではないか」「財界戦略は昨年来のものではないか」などの率直な意見がよせられています。これらの声は、党中央として深刻にうけとめなければならないものであると考えます。報告では、党中央の選挙戦のとりくみにかかわって、二つの反省点をのべるものです。
〔党中央が直接責任をおっている課題--宣伝物(号外)と選挙政策の遅れ〕
一つは、全党と後援会に総選挙のたたかいへの総決起をよびかけながら、党中央が、その推進のために必要不可欠な仕事を、時機を失せずにおこなうという点で、自らの責任をはたしたとはいえない弱点があったことであります。とりわけこの弱点は、宣伝物(号外)発行と選挙政策発表の遅れにあらわれました。
(中略)
〔保守「二大政党制」をめざす財界戦略への的確な分析と批判の立ち遅れ〕
いま一つは、保守「二大政党制」をめざす財界の新しい戦略にたいする的確な分析と告発の立ち遅れという問題です。この財界戦略が、政党地図--政党状況の変化という形で顕在化したのは解散の直前のことでした。しかし、財界戦略そのものは、昨年来からのものでした。
昨年来、財界は、支配体制の深刻な危機を前にして、従来の財界と政治との関係--政治の責任は政権党におわせながら財界が支援するという従来型の関係--を根本的に変えて、財界が直接のりだして政界を再編成し、政界を自らの直接の支配下におく戦略を開始するという新しい動きに出ていました。これまでも一九九三年から九四年にかけての「非自民政権」など、保守「二大政党制」づくりの動きはありましたが、今回の保守「二大政党制」づくりのくわだては、財界・大企業が直接のりだし、直接指揮をとって推進しているところに、これまでにない新しい特徴がありました。
財界と政治の関係が、そうした新しい特徴をもったものへと急激に変化しているのに、わが党は財界と政治の関係、したがってまた政党関係の基本を従来型の見方でみていました。そのために保守「二大政党制」づくりにむけた財界のさまざまな動きが現におこっているのに、それを見落とす結果となりました。ここが重大な反省点であります。
八中総で決定した大会決議案の第八章「総選挙、参議院選挙での新たな躍進をめざして」のなかでのべられている政党状況の分析--野党の状況には「反自民」という面と、基本路線での自民党政治の枠内という二つの面があるという見方は、財界と政治の関係にたいする従来型の見方に対応した、従来型の政党状況の分析を定式化したものであり、あの時点での認識としても不正確なものでありました。
解散の直前に政党状況の変化が顕在化し、それを批判する論陣を築く過程で、この政党状況の変化が財界主導でおこなわれていること、この動きの根本に保守「二大政党制」をめざす財界の新しい戦略があることを究明・告発・批判したことは、最後の一カ月のたたかいに大きな威力を発揮しました。そのことは、全国からの多くの感想でも、「いったい今度の選挙を、何を足場に、どこで踏ん張っていいか、さだかでないまま選挙を迎えようとしていたが、十月はじめからの解明によってたしかな足場がさだまった」という声がよせられていることでも、明らかです。
それだけに、もっと早い段階から財界戦略への的確な分析と批判がおこなわれていれば、もっと早くこの選挙戦をたたかう見取り図を全党に提供し、選挙戦の真の争点を国民に明らかにすることができたはずであります。「マニフェスト選挙」や「二大政党制」づくりの動きにたいしても、もっと早い段階からその時期なりのやり方での的確な批判ができたはずであります。そして選挙戦のたたかいの全体をより積極的に展開することもできたはずであります。
以上の二つの問題を、党中央としての選挙戦のとりくみの中心的な反省点とし、今後の教訓として必ず生かしたいと思います。
(8)(資料)日本共産党第2回中央委員会総会(2004年8月26~27日)より――財界による政治支配のあり方をめぐって
〔幹部会報告から〕
(1)自民党政治の危機が深刻になるもとで、日本共産党の前進を阻む力も強力に働く
報告の第二の主題は、「二大政党制づくり」の動きに対抗して、国民中心の新しい政治の軸をいかにしてつくり、強めるかという問題であります。
このたたかいをすすめるうえで、「二大政党づくり」の動きがどのような政治的背景のもとに生み出されたものかをとらえることが重要です。
この動きは、根本的には、自民党政治の支持基盤の衰退と崩壊の過程がすすみ、彼らが従来のやり方では支配を維持できない危機の時代に入ったために生み出されたものでありました。一九九三年は、その大きな転機となりました。この年に自民党は大分裂をおこし、いったん政権を失い、一年たらずで政権をとりもどしましたが、それ以降、自民党は単独では政権運営ができなくなり、はじめは社会党とさきがけ、つづいて自由党、さらに公明党との連立によって、ようやく政権を維持するという状態におちこみました。
自民党政治のこうした危機の深まりに対応して、支配体制の側でも、古い体制を延命させる新たな政治戦略がとられました。それは、大企業優先、米国いいなりという、自民党政治の枠組みには手をつけずに、同じ基盤のうえで別の政権の「受け皿」を用意し、自民党がどうなろうと、支配体制そのものは守りとおすという戦略でした。
その第一の具体化が、一九九三年から九四年の「非自民」政権でした。第二が、「小泉政治」という、自民党政権でありながら「自民党をぶっこわす」といういわば「非自民」的な主張をかかげる動きでした。そして第三が、今日の「二大政党づくり」の動きであります。
これらに共通しているのは、政治の中身の改革を問題にせず、政権の担い手だけを問題にすることにありました。そしてこの動きは、政治制度のうえでも、小選挙区制の導入・実施という反民主主義の暴挙と一体にすすめられました。また、この時期には謀略的な反日本共産党攻撃など、わが党を政界から締め出すかつてない圧力がくわえられました。これらは、重なりあって作用しあい、党の前進にとって重大な障害をもたらすことになりました。
こうして、自民党政治の危機がいよいよ深刻になるもとで、その正面からの対決者である日本共産党の前進を阻む力が一段と強力に働く――これがこの十年来の政治状況の大きな特徴となっています。
同時に、同じ基盤のうえでの「受け皿」づくりという戦略は、古い政治体制と国民との矛盾を解決する力をもちません。古い体制の一時的な延命になっても、逆に大局的には矛盾と危機をいっそう深刻にします。そのことがわが党のたたかいと国民的体験をつうじて明らかになった時には、政治の前向きの激動的展開につながりうる――このことも、私たちが体験してきたことであります。「自民か、非自民か」の偽りの図式が崩壊したときには、この動きにくみせず、筋をつらぬいた政党として、日本共産党への支持と期待が広がり、一九九〇年代後半にはわが党は一連の大きな躍進を記録しました。こうした経験もふまえ、この動きは私たちのたたかいいかんで打ち破れるという大局的展望にたって、活動することが重要であります。
(2)この動きに対抗して新しい政治の軸をつくるたたかいを日常の政治活動の要に
ただ同時に、今日私たちがたちむかっている「二大政党づくり」の動きは、これまでの「受け皿」づくりの動きとくらべても、はるかに根強い力をもった動きであるということを、正面からとらえる必要があります。
とくにこの動きが、財界が直接のりだして政界を再編成し、政界を自らの直接の支配下におくという野望と結びついてつくりだされていることを、重視しなければなりません。「二大政党」の担い手である自民党や、民主党が、深刻な矛盾や混乱におちいっても、財界が主導している「二大政党」化をめざす動きが、それをのりこえて強力に作用することは、参議院選挙で私たちが体験したことでありました。
またこの動きは、自民党政権が崩壊したさいに民主党を「受け皿」政党とするというだけでなく、日常的にも、自公勢力と民主党を競わせることで悪政を国民におしつけること、そして何よりも自民党への批判が高まったさいに民主党をその「受け皿」にして日本共産党の前進をおさえこむこと――こういう一連の特徴をもっています。したがってこの動きとのたたかいは、選挙のときだけの問題ではなくて、日常の政治活動の要にすえられるべき問題であります。
「二大政党づくり」の動きにたいする政治的な対抗軸――国民中心の新しい政治の軸をつくりだす仕事に、ただちに本腰を入れてとりくみ、日常不断の系統的な活動をすすめることは、情勢がわが党に強くもとめている課題であります。
〔不破議長の発言から〕
〔93年の「非自民」大作戦〕
こういう状況のなかで、自民党政治の「受け皿」勢力をつくって、自民党批判の世論をそこに吸収しようという、新しい作戦が始まったのです。解散・総選挙に前後して、大きな勢力が自民党を割って出る大分裂が起こり、それを背景に、新生党、さきがけ、日本新党、などの新党が生まれました。それらの新党が、社会党、公明党などこれまでの野党勢力と「非自民」連合を組んで、自民党と政権を争う――こういう政党対決で、有権者に政党選択をせまろう、という作戦です。総選挙では、「自民か非自民かの対決」だけが持ち上げられ、わが党のように、どちらにもくみしない政党には出番がない、といった状況が人為的につくられました。
この選挙で、「非自民」連合が勝利して、細川内閣が生まれましたが、実は、「二大政党制」への動きというのは、底流としては、すでに始まっていました。諸政党の連合という形で政権をとってしまったわけですが、その内閣が、すぐ小選挙区制への選挙制度改革を実行しました。そして、細川首相が政権を投げ出したときに、新生党の小沢一郎氏(現在の民主党幹部)を中心に、与党の大合同が画策されますが、このねらいは、小選挙区制と抱き合わせての「二大政党制づくり」にあった、と思います。根回しがうまく進まないままでの画策だったため、失敗して、新進党という、より小規模な合同に終わり、政権も、やがて社会党との連立に踏み切った自民党にとりもどされますし、「非自民」の側も、逆に離合集散が激しくなって、一時は野党の数が十を超えるという"乱立"的な時期もありました。
こういうなかで、日本共産党の役割が注目され、九〇年代後半には、わが党は、選挙でもかなり前進しました。
しかし、政権交代の「受け皿」づくりで、自民党批判の流れを「非自民」的な政党に吸収する、という作戦が、九三年にすでに始まり、そのときは失敗に終わったとはいえ、小選挙区制を基礎にした「二大政党制」という筋書きがつくられていたことは、注目すべきことです。
九三年以後の時期についての分析は、幹部会報告で詳しく述べられていますから、くりかえしませんが、いま、私たちが問題にしている、「二大政党」と日本共産党との対決という情勢は、底流としては、すでにこのころに起点がある、と言えます。
〔全体の流れは自民党政治の衰退と危機〕
こうして、政党状況の変化を歴史的にふりかえってみて、私は、そこに示されているいくつかの政治的特徴をきっちり見ておく必要があると思います。
第一は、七〇年代の自民党と四つの野党の対決、八〇年代の「オール与党」と日本共産党の対決、九〇年代を経て現在の「二大政党づくり」と日本共産党の対決、こういう経過の全体を特徴づけているのは、自民党政治の長期的な低落と危機の深まりの過程だということです。自民党が、単独では政権をつくれなくなって、他の党との連立を不可避としているだけでなく、依拠してきた組織基盤にも、あちこちに腐りや機能麻痺(まひ)が目立ってきています。そのなかで、自民党政治そのものを維持する"大作戦"として、「二大政党制づくり」が、かなり強引に仕組まれてきたのです。
〔支配勢力の戦略目標――中心はいつも日本共産党の押さえ込みに〕
第二は、こういう変化のどの段階でも、支配勢力の側が、戦略目標として一貫して追求しているのは、日本共産党の前進をいかにして食い止めるか、あわよくばこれをつぶしてしまうところまで攻め込むかであり、これが全部をつらぬいている、ということです。
七〇年代にわが党が躍進したとき、政界の全体を反共主義で再編成するところまで大がかりな作戦をやり、八〇年代の「オール与党」時代をつくりだした、これは、もちろん日本共産党対策のためでした。その後、「オール与党」の支持のもとでも自民党政治の崩れが激しくなってくると、自民党の大分裂をあえてして、「自民対非自民」という状況をつくりだして、政局の様相を一変させた、これも、自民党政治への国民的な批判を共産党の前進に絶対に結びつけまいとする日本共産党対策を、なによりのねらいとしたものでした。そして、「二大政党制づくり」の小選挙区制実現のときには、マスコミの全体を機構的に小選挙区制推進の陣営に組み込む、という特別の手だてまで講じました。
今度の「二大政党制づくり」には、財界諸団体が公然と介入して旗を振り、選挙のたびに、自民党だけでなく、「二大政党」の双方にたいする大規模な応援をおこないました。これも、明らかに日本共産党対策のためです。
日本共産党は、意図的に「小さい」「小さい」と言われますが、支配勢力にとっては、小さいどころか、"主敵"としてもっとも恐れている相手なのです。だから、日本共産党が少しでも前進の時期を迎えると、支配勢力はなんとかしてこれを押さえ込まなければいかん、つぶさなければいかんと、総がかりの全力投球でかかってくるのです。
私たちの政治闘争には、いろいろな時期、いろいろな局面がありますが、この闘争は、どんな局面でも、相手側のそういう攻撃との対決であり、自民党政治の衰退の過程が進むなかでの相手側の攻撃の変化だということを、しっかりつかむことが大切だと思います。
日本の支配勢力にとっては、日本共産党が伸びるということは、ほかの政党が伸びることとは、質的に違った意味をもっています。それは、日本の政治・経済を、財界やアメリカの利益中心に動かしてきたいままでの体制が、本当に変わってゆく道が開かれることですから、そんな変化は絶対に許さないと、そういう死活の利害をかけた支配勢力の攻撃であり、私たちの闘争は、そういう攻撃との対決という性格をもっているのです。
〔「二大政党制づくり」は相手側の長期戦略〕
第三に、「二大政党制づくり」の現状ですが、報告が述べているように、「二大政党制」は、日本ではまだ、しっかりした形を持ってはいません。
実際、いま"政権交代勢力"とされているのは民主党ですが、この党が、いろいろな不安定性をかかえているのは、ご承知のとおりです。
だいたい、政党として、きちんとした組織を持っていないでしょう。だいたい、日本共産党以外の諸政党をみると、日本の政党は、ヨーロッパの諸政党とくらべて、政党が、組織の基盤を、企業や業界団体、労働組合、宗教団体など、ほかの組織においている、そして自前の組織をもって、その力で有権者のなかに根をおろすという活動がたいへん弱い、そこに共通の弱点があります。この弱点は、寄り合い所帯という経歴から来る政策的、組織的な混迷とあわせて、民主党にもっとも強く現れていると言ってよいでしょう。民主党が、こういう現状から出発して、今後、どう成長してゆくか、あるいは成長しそこねるか、これは、私たちが予告すべき問題ではありませんが、ともかく、そういう不安定さをもっていることは確かです。
しかし、ここで大事なことは、民主党という党がどうなるにせよ、自民党に代わって政権交代する勢力を前面に押し出して、自民党政治への国民的な批判の流れが日本共産党への支持に結びつくことを食い止める、という政治戦略は、かなり長期にわたって、日本の支配勢力の基本戦略になるだろう、ということです。この戦略は、民主党という政党のたどる運命のいかんにかかわらず、変わらないでしょう。
ですから、相手側のこういう政治戦略のもとで、われわれがいかにたたかうか、この中央委員会総会で幹部会が提起した方針は、そういう長期的な性格をもったものだということを、よく見てほしい、と思います。
「二大政党制」といっても、支配勢力は、二つの政党のあいだで実際に政権のやりとりがおこなわれることを、おそらく期待しているわけではないと思います。彼らにとっては、手慣れた自民党が、他の政党と連立してでも、政権を担い続けることが、一番望ましい状態でしょう。
財界など支配勢力にとっては、「二大政党」を押し立てる一番のねらいは、"政権交代勢力"――いまでは民主党ですが、その存在をいつも押し出すことによって、有権者の関心を"誰が次の政権担当勢力か"という問題に集中させて、反自民の票を日本共産党に流させない、この体制をつくるところに目前の最大のねらいがあります。その戦略をどうやって打ち破ってゆくか、このことに、私たちは、長期戦の構えで取り組む必要があります。
ここをわれわれが乗り越える、そういう体制づくりに打ち勝って、日本共産党が選挙のたびに前進するような情勢をつくりだしたら、これは、支配勢力が全力をあげて築いた防壁が崩れて、自民党政治の危機がいよいよ本物になるということです。だからこそ、相手側も、そんな事態を引き起こさせないように、総力をあげるのです。
〔今回の提起を党活動の長期の指針として〕
私たちは、今回の中央委員会で、あらゆる面で、長期の展望を持ちながら本気で構えるという方針を打ち出しました。後継世代の問題、綱領の学習の問題、国民と深く結びついた支部をつくる問題、「しんぶん赤旗」を通じての有権者とのつながりの確保・拡大の問題などなど、党づくりの方針も、そういう立場で提起しているものです。政治闘争の面で、「二大政党制づくり」の動きにたいし、日本共産党の議席がいかに重要な値打ちをもっているか、この問題を日常不断に押し出してゆくという構えを強調しているのも、同じ立場です。そういう点で、今回の会議で提起した諸方針を、ぜひ党活動の長期の指針にしてほしい、と思います。
私は、これこそ、まさに階級闘争だということを、強調したいと思います。「階級闘争」というのは、史的唯物論の教科書に書いてあるだけの話ではありません。昔から、"政治闘争は、階級闘争の集中点だ"ということが言われてきましたが、さきほど、この数十年来の日本の政治史のあらましをふりかえってみたように、わが党が前進すると、必ず支配勢力の主部隊が乗り出してきて、押さえ込みにかかる、自分たちがいま持っている手段だけで足りなかったら、政界の反共主義的再編に乗り出しもすれば、マス・メディアの総動員もやる、ありとあらゆる手段でかかってくるのです。これとの闘争こそは、日本の未来をひらく先進部隊としての日本共産党の力と値打ちが試される最大の舞台となります。
私たちは、活動の上で、毎日、いろいろな問題にぶつかりますが、どんな問題でも、そういう立場で取り組むことが大事になります。
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