NHKスペシャル「映像の世紀・第6集・独立の旗の下に」を見る。
インド・インドシナ・中国への欧米列強による植民地支配から、独立へ向けた闘い、日本による侵略、戦後の独立、独立への大国の影響、独立した社会のあり方をめぐる意見の対立、ベトナム戦争、バンドン会議などが描かれる。
現実はさらに「東西冷戦」の終結を迎え、独立国たちの共同とアメリカによる支配からの最終的な脱却が目指される段階にある。
ビデオの内容メモ。
〔イギリスの植民地支配〕
・インド門 ジョージ5世。
・南アフリカ支配 ガンジーは弁護士として南アで活動、有色人種は貨物車へ(独立運動の原点)。
〔フランスの植民地支配〕
・インドシナ 令状なしの逮捕・裁判なしの投獄。
〔日本のアジア侵略〕
・第一次大戦にアジア人が動員された フランスにベトナム人10万人近くが 「兄弟の貢献」寄生虫を太らせるだけ(ホーチミン)。
〔1919年パリ和平会議〕
・ウィルソンは民族独立を提唱。
〔1920年代中国へのヨーロッパの進出(租界)〕
・上海は東洋のパリと たくさんの欧米人。
・欧米の子どもの遊園地を中国人クーリーが人力で。
・孫文 民主・民権・民政。
〔1917年ロシア革命〕
・ホーチミン 第5回コミンテルン大会(25年)に参加 秘密工作員としてアジア各地で活動。
・孫文がコミンテルンから軍事顧問団を招き軍官学校をつくる(24年)、校長が蒋介石、政治部には周恩来も、毛沢東も入学試験の面接官、中国4億人、この学校での孫文の演説からつくられた歌が現在も台湾の「国歌」に、ホーチミンはインドシナの青年も入学させた。
〔インド〕
・ガンジー帰国1915年、南アでの人権闘争はインドでも知られていた、マハトマ(偉大な魂)、非暴力闘争(暴力の不正に真理を示すもの、暴力をふりかざすヨーロッパを真似ない)。
・ヒンドゥーとイスラムをどうまとめていくか、誰にもわかる独立闘争のシンボル「糸車」、かつてのように、インドの糸を紡ごう、イギリスの綿製品が流入したことで糸車はしまわれた、そこから貧困になった。
・ガンジーがつくったインドの国旗3つの色(ヒンドゥー・イスラム・その他)の中心に糸車。
・1930年塩の行進、イギリスへの抗議行動、海から塩をとる、イギリスはインド人の塩づくりを禁止していたが、糸車につぐ2つめのシンボル。
・1931年ガンジーイギリスへ、船の上でも糸を紡いだ、ロンドンでの会議、マクドナルド英首相、イギリスはインドから87人を招待しておりガンジーは1/87でしかなかった、インドには完全自治でなくイギリス連邦下での自治領扱いのみ、ガンジーは孤立、会議で相手にされず、イギリス政府は帰国後のガンジーを逮捕するようインド総督に指示、政治の一線から姿を消す、再びあらわれるのは第二次大戦中に独立の機会が訪れたとき。
〔北京〕
・1925年孫文死す(ガン)、死の直前まで国内の有力者がそろう国民会議の開催を訴えていた。
・遺言、中国の自由・平等を求めて、民衆の共同による革命が必要。
・共産党指導のストライキが外国人排斥に発展、租界地返還を求める運動へ。
・国民党を受け継いだ蒋介石は共産党を自らを脅かすものと、一斉検挙、共産党殲滅を指令、27年上海クーデター、国民党と共産党の決裂。
〔日本の大陸侵略〕
・35年、溥儀が日本を訪れた、ヒロヒトが東京駅に出迎え。
・満州への植民、映画スターリコウラン、南満州鉄道の建設、軍部の暴走、食料・鉄・石炭など、満蒙を領土することは正義である(石原かんじ)。
〔中国〕
・蒋介石に追われ延安に共産党の拠点、自給自足、独自の毛沢東理論、革命とは暴力、ある階級が他の階級を打ち倒す、江青(妻)。
・37年第二次上海事変、2ケ月後抗日統一戦線を国民党と、長期戦に備える国土と人民と正義がある、日本は奥地までせめても行き詰まる、傀儡政権はゲリラ戦によって疲弊する、戦争は勝利で終わる。
・44年延安をアメリカ軍が視察。
〔日本〕
・43年、ジャワ(オランダ領)を東条が訪問、スカルノが日本語で天皇陛下万歳を叫ぶ、スカルノわれわれは日本を利用できる、日本軍のもとで勇敢な兵士にかえてもらえる。
・44年、朝鮮半島で徴用された日本兵。
・ベトナムの洞窟に潜んだホーチミン、41年に30年ぶりにベトナムへ、ジャングルでの若者たちとの共同生活、地下活動で学んだゲリラ戦術を若い兵士に、ベトミン(ベトナム独立同盟)を結成、フランスから日本に支配者が交代、2000万国民。
・45年日本敗戦、第二次大戦終結。
〔アジアに連合軍が次々と進駐〕
・ホーチミン独立宣言、フランスが上陸。
・インド独立闘争は過激、戦闘はネルー(ヒンドゥー)、イスラムの指導者ジンナーはインドがヒンドゥーに乗っ取られようとしていると、独自国家をと。
・中国、国民党蒋介石(連合国首脳から認められた唯一の人物)、延安の毛沢東が批判、46年国内戦勃発。
・46年フランス、ホーチミンがパリで独立交渉、所詮植民地の代表、パリ和平会議のあいだホーチミンは観光のみ(1ケ月も)、フォンテンブロー城・独立交渉、交渉決裂、46年11月インドシナ戦争勃発、ホーチミンジャングルへ、戦闘経験がない裸足の軍隊、抵抗の道はゲリラ戦のみ、20万人の兵士がベトナムへ。
〔独立〕
・50年インドネシア独立、スカルノ初代大統領、48年北朝鮮金日成、48年韓国李承晩、カンボジアシアヌーク、大国の後ろ楯をもっての独立。
・47年インド、ヒンドゥーとイスラムとの暴動(カシミールなどで)、鎮圧のためのイギリス軍、暴動は各地に、47年インドからの撤退、300年の植民地支配に終止符、ヒンドゥーとイスラムの調停役としてガンジが政界に復帰、インドの2つの目に。
・47年8月パキスタン独立、ジンナー首班イスラム国家。
・47年8月ネルーが首相に、インド独立、ガンジーは最後までインドを引き裂くなといった、しかしイスラムは自分の国家をつくるといって聞かない、惨劇はエスカレートする、頭痛から解放されるために頭を切り落とす(ネルー)、ガンジーは分離独立以後も各地を宗教宥和のために語り歩いた。
・ヒンドゥーはインドへ、イスラムはパキスタンへ、難民1000万人、48年ガンジー暗殺(ヒンドゥーの過激派青年)。
・49年中国革命、アメリカの援助打ち切りで国民党の敗北は決定的、台湾へ亡命、多くの欧米人が上海から脱出。
・ベトナムの闘い、ディエンビエンフー、フランス史上最大の空輸、要塞をつくろうと、ベトミンには中国からの武器援助、人海戦術、フランスの要塞を視察するニクソン副大統領、フランスへの全面支援を約束、54年3月ホーチミンが攻撃命令、思いも寄らぬ山頂からの攻撃、5月ディエンビエンフー陥落、アジアの植民地が支配国との正面からの闘いで勝利した最初、アメリカの参戦、インドシナの赤化をゆるさない。
・55年インドネシアのバンドン会議、AAの指導者たちが一同に、東西いずれにも属さない第三勢力へ、ネールの演説、アジアはもう受け身ではない、大国の支配を否定する。
・印パ戦争、2度の全面戦争、勝利を見ないままにホーチミン死去、毛沢東も権力闘争の中で。
つづいてテキスト、片山裕・大西裕編『アジアの政治経済・入門』(有斐閣、2006年)に入る。
序章「アジアの政治経済理解の魅力」にかかわり、ビデオ「エビの向こうにアジアが見える」を見る。インドネシアの輸出にとってエビは重要な地位を占めるが、その最大の輸出相手は日本である。エビの養殖は、酸素や栄養素を大量に投入する集約型のものから、古くからバンデンと呼ばれるサカナを養殖してきた方法である粗放型に移りつつある。
日本は食糧資源輸入の大国だが、このような形で日本人の生活はアジアの産業・経済とも深いかかわりをもっている。
ビデオ「エビの向こうにアジアが見える」の内容メモ。
・インドネシア2億人、多民族国家、55%が水産・農業、エビは重要な輸出品、日本は大量輸入国、政府はエビ養殖を後押し、集約型養殖池(エサも酸素も)、背景にはアジアがかかえる問題も。
・バリ島はエビ養殖が急速にひろまった場所でもある、ニカラグアからエビ養殖の視察も。
・日本はインドネシア・タイ・インドの順で輸入、インドネシアの輸出の半分以上、タイで基礎付けられた養殖方法、生産性上昇の中でエビの色・形に変化、エサのやりすぎでプランクトンが大発生、養殖池の薬づけでその後の活用もむずかしい。
・第二の都市スラバヤ、伝統的な粗放型養殖池、自然の循環を利用、生産性は高くないが形・色も良く大きい、もともとはバンデン(サカナ)が育てられていたがいまはエビを主に、活発に動くバンデンを一緒に育てることで水に酸素がよくまわる、アピアピの木(マングローブの一種)が水を浄化する、有機的循環、自然の生態系にあっている、集約型をやらないのは土地をこわさないため、土地は子孫からの借り物。
・東ジャワは、養殖につかわれる稚エビの捕獲場、稚エビの孵化工場も。
・スラバヤ郊外のEPM社(エビの冷凍化工工場、有機エビのみ)、月50トン、すべて日本へ輸出、日本人は最大の消費国1人あたり年2.7㌔、日本は多くの天然資源を世界から買いつけている。
テキストとの内容については「停滞のアジア」(3ページ)の歴史的性格、他の開発途上地域と比較した場合のアジア地域の特徴(5ページ)、依然として大きい東アジア内部の経済格差(6ページ)、さらに隣国の経験に学び合う「相互学習」(11ページ)の具体的な方法が話題となる。
第1章「工業化とグローバル化」については、「良いレント」の評価基準が「社会」の内部構造や内部矛盾の問題をふくんでいないように見える(26~37ページ)ことへの批判、ワシントン・コンセンサスにもとづく改革への肯定的な評価(33ページ)や、企業育成から誘致への「良いレント」の内容移行に対する疑問などが話題となる。
東アジア経済の実態についての知識の不足を補うために、次回より、現在の東アジア経済(政治)の動きにかかわる新聞記事を持ち寄ることにする。
最後に、学生が講演した先の生徒たちの感想も読み、「本」の内容をあらためて相談。あらたに「中学生・高校生でも読めるもの」の具体化を試みることにする。
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